秋宮と同じの諏方造りの社殿 | 諏訪大社 下社春宮 - 神社ファン

有名度

大関

諏訪大社 下社春宮

すわたいしゃ しもしゃはるみや

長野県諏訪郡下諏訪町193

秋宮と同じの諏方造りの社殿

更新日:2025年7月7日

本殿がない「諏訪造り」の社殿

諏訪大社下社春宮の幣拝殿は「諏訪造り」と呼ばれる建築手法を用いて建てられています。幣拝殿は桁行一間、梁間二間の大きさの二重楼門造りで、正面の軒には唐破風が付いており、切妻造りの屋根は檜皮葺で葺かれています。
幣拝殿正面
その左右には片拝殿が伸びており、本宮や秋宮と同様に本殿がないことが特徴です。1983年には、拝幣殿、左右片拝殿ともに国の重要文化財に指定されました。
幣拝殿斜め
春宮と秋宮は、大きさは異なりますが社殿構造は同じで、地元を代表する大工が流派の面目をかけ、技を競い合うように建てたと言われています。秋宮を初代立川和四郎富棟が請け負うことを知った大隅流柴宮長左衛門は、春宮の建築を秋宮と同じ絵図面で請け負い、秋宮より遅く造営を始めて約1年早い1780年に落成させました。春秋両宮とも同じ題材で彫刻が施されており、その華麗な彫刻はみどころのひとつです。
幣拝殿の唐破風にある飛竜と麒麟の彫刻
幣拝殿の唐破風には飛竜、その下には二体の麒麟が彫刻されています。
幣拝殿の牡丹と唐獅子の彫刻
虹梁の上に施された牡丹と唐獅子の彫刻も大変見事です。
また、幣拝殿内部の奥にある脇羽目には「竹と鶏」が、桁には迫力ある龍が彫刻されています。どの彫刻も大変すばらしく、大隅流の代表作のひとつと言えます。
左右の片拝殿は秋宮に比べて幅が短く、屋根は片切りになっているのが特徴です。

大隈流と立川流

社殿が造営された当時、諏訪では大隅流と立川流が激しく対立しており、いさかいもしばしば発生したと言われています。
春宮と秋宮の建築中にも両流派による様々なエピソードが残されております。
ある日のことです。春宮側の人足が、仕事の邪魔をしてやろうと夜の闇にまぎれて秋宮へ向かい、建築中の柱を切ったそうです。
しかし和四郎はそれを予想しており、柱を長めに刻んでいました。
次の日切られた柱は寸法通りで、目的の場所にすっぽりはまったと言われています。
また先に竣工した春宮を和四郎が見に行き、幣拝殿欄間の竜を「死んだ竜が刻んである」と言ってけなしました。それに対し長左衛門は「悟りを開くと動物でも腹を出して休むのを知らないのか」と笑ったそうです。
その後、少し遅れて秋宮が竣工した際には、長左衛門が幣拝殿の脇飾りに施された「竹に鶴」の彫刻を見て「竹の下のものは筍かと思ったが、葉の重なりが百合の芽だ」と笑ったと言います
このように立川流と大隅流は、事あるごとに対立し競い合ってきました。その結果お互い素晴らしい作品を生み出すことができたのではないでしょうか。幣拝殿に参拝される際は、ぜひ彫刻類にも注目してみてください。
秋宮と春宮の彫刻

御祭神・ご利益

御祭神は主祭神である八坂刀売神(やさかとめのかみ)、建御名方神(たけみなかたのかみ)、八重事代主神(やえことしろぬしのかみ)の三柱で下社の秋宮と同じ祭神構成です。
諏訪地方にはミシャグジ信仰の名残があり、諏方大社の神を蛇や龍と捉える逸話や伝説が多く残されています。
住吉系の住吉三神や宗像系の宗像三女伸のように主祭神や個々の祭神というよりは、祀られている神様全体で捉えている傾向が強く、住吉大神や宗像大神と同様に諏訪大神として諏方大社も扱っていることが多いです。
ご利益も他の諏方大社同様に「勝負運」のご利益が有名で他にも「五穀豊穣」のご利益が有名です。また夫婦神で祀られていますので「家内安全」のご利益もあります。
諏訪大社の龍

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