大平神社 下伊那郡阿智村 - 神社ファン

有名度

前頭

大平神社

おおひらじんじゃ

長野県下伊那郡阿智村大字智里字大平2071-1

長野県下伊那郡阿智村大字智里字大平2071-1

大平神社以外にも 頭権現 とも呼ばれます。


かんたんご利益

  • 健康
  • 学業
大平神社には

「健康系」「学業・技芸系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

耳、目、鼻、口の病い平癒 うつ病 ぼけ封じ 学業の守護神

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

浅間・サクヤビメ系」 「不明(2柱)」

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

大平神社は長野県下伊那郡阿智村に鎮座する神社。御祭神は木花開耶姫命、崇徳天皇、武田神豊の3柱をまつる。
創建は文禄元年(1592年)3月28日と伝えられる。天正10年(1582年)2月、甲斐国天目山の戦いに敗れた武田氏の一族とされる武田信豊が、山伏の姿に身をやつし、神坂峠を越えようとして殿嶋の地に至った。その際、村人の熊谷弁治と口論となり、無残にも打ち殺されたという。この出来事の後、殿嶋周辺では数年にわたり熱病が流行し、多くの村人が苦しむこととなった。そうした中、ある病人の枕元に一人の武者の霊が立ち、「われは殿嶋にて弁治のために死んだ武田信豊である。わが遺骨を収め、神として祀れば、悪病は消え去るであろう」とのお告げがあったと伝えられる。
村人たちがその言葉に従い、地中から掘り出した髑髏を社に納めて祀ったところ、不思議なことに多くの患者が快方に向かい、やがて疫病は鎮まったという。これが文禄元年3月28日のことであり、この日をもって当社の創建とされている。
後に文政11年(1828年)、京都の吉田家に由緒が届け出られ、神明帳に記録された。以後、頭・耳・目・鼻・口に関わる病の平癒をはじめ、心の病に悩む人々や、ぼけ封じ、学業成就の守護神としても信仰を集め、崇敬者は地域にとどまらず他県にも及んでいる。
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神社詳細

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出典
長野県神社庁
https://www.nagano-jinjacho.jp/