雷電為右衛門の像 | 諏訪大社 上社本宮 - 神社ファン

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諏訪大社 上社本宮

すわたいしゃ かみしゃもとみや

長野県諏訪市大字中洲字宮山1

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雷電為右衛門の像

更新日:2026年9月30日

大相撲史上に残る伝説の強豪力士

北参道から境内へ入り左手側、明神湯の隣には「雷電為右衛門の像」と大きな「手形」があり、参拝者の目を引きます。
雷電為右衛門は江戸時代後期に活躍した実在の大力士です。現在の長野県東御市出身で、松江藩のお抱え力士として江戸相撲で活躍しました。
その強さは大相撲史上でも別格とされ、江戸本場所在籍35場所、大関在位27場所。通算成績は254勝10敗2分14預5無勝負で、勝率は驚異の.962を記録しています。
横綱という地位には就かなかったものの、富岡八幡宮の横綱力士碑には「無類力士」として歴代横綱とともに名を刻まれており、現在もしばしば史上最強の力士の一人として名前が挙げられています。
上社本宮にある像は、雷電為右衛門がお諏訪さまこと建御名方神に拝礼の誠を捧げる姿を表したものといわれています。
制作したのは茅野市出身の彫刻家・矢崎虎夫です。文部大臣賞を受賞した作品で、昭和41年(1966)10月に諏訪大社へ奉納されました。
像は雷電為右衛門の等身大の姿を表したもので、当時の横綱・柏戸と佐田の山、さらに富士錦をモデルとして制作されたと伝えられています。
雷電為右衛門の像
像の近くには雷電為右衛門の巨大な手形もあります。圧倒的な強さを誇った雷電の姿を想像しながら、自分の手と大きさを比べてみるのも面白いでしょう。
上社本宮に雷電の像が置かれている背景には、諏訪大社と「力」との深い関わりがあります。
御祭神の建御名方神は『古事記』の国譲り神話で力比べをする神として登場し、諏訪では古くから相撲神事が行われてきました。現在も上社本宮では、その伝統を受け継ぐ奉納相撲が行われています。
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200年以上の歴史を伝える「十五夜祭奉納相撲」

毎年9月15日、上社本宮では「十五夜祭奉納相撲」が行われます。
現在の奉納相撲の記録は文化14年(1817)まで遡ることができ、平成20年(2008)には「諏訪大社上社十五夜祭奉納相撲」として長野県の無形民俗文化財に指定されました。
しかし、諏訪大社と相撲との関わりはさらに古く、中世の『諏訪大明神画詞』には、祭事の終わりに流鏑馬十番と相撲二十番が奉納されたことが記されています。
江戸時代になると上社周辺の相撲場には、大祝をはじめとする神官や高島藩の武士、庶民など多くの人々が集まり、奉納相撲を見物したと伝えられています。
現在へと続く上社の奉納相撲は、神宮寺の若者たちが相撲を取ったことに始まるとされます。弘化3年(1846)には江戸相撲御司から「永代四本柱免許状」が奉納され、四本柱を備えた公認の土俵となりました。
祭り当日には、化粧まわしを着けた青年力士11人が本宮の斎庭で輪を作り、独特の節回しによる相撲甚句を歌いながら古式ゆかしい相撲踊りを奉納します。
なかでも注目したいのが「胸たたき」です。相撲の基本である攻めと守りを表現した相撲甚句で、このような所作は全国でも類を見ないものとされています。
斎庭での奉納に続いて土俵でも相撲踊りが行われ、神宮寺地区の人々による相撲も行われます。子供相撲では園児や小学生の小さな力士たちに声援が送られ、青年相撲では迫力ある取組を見ることができます。

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