有名度
大関諏訪大社 上社本宮
すわたいしゃ かみしゃもとみや
長野県諏訪市大字中洲字宮山1
神馬舎(駒形屋)
更新日:2026年9月30日
数々の逸話を残す神馬
南鳥居(二の鳥居)から境内へ入って右手側、二之御柱のほど近くに「神馬舎(しんめしゃ)」が建っています。「駒形屋」とも呼ばれる、諏訪大神の神馬を安置する建物です。以前の神馬舎は天正10年(1582)の甲州征伐の際、織田軍による兵火で焼失したとされ、現在の神馬舎は弘化3年(1846)に再建されました。
正面3間・側面3間、切妻造・妻入の建物で、現在の屋根は銅板葺ですが、建立当初はこけら葺でした。平成28年(2016)には国の重要文化財に指定されています。

明治27年(1894)7月、大暴風雨によって近くにあった大欅が倒れ、神馬舎が倒壊しました。ところが、中に安置されていたはずの神馬は約10メートル離れた欅の近くに、損傷もなく直立していたといいます。
倒壊した神馬舎からどうやって神馬が外へ出たのか、人々は不思議に思いました。
ちょうどこの頃は日清戦争が始まった時期でもあったことから、「建御名方神が神馬に乗って戦場へ向かわれたのではないか」ともいわれたそうです。
この不思議な出来事は大きな話題となり、近隣だけでなく遠方からも多くの参拝者が訪れ、寄せられた寄付金によって神馬舎が再建されたと伝えられています。
神馬には、さらに御神渡りにまつわる逸話も残されています。
諏訪湖に御神渡りができた朝、神馬の身体が汗で濡れていたことがあったといいます。それを見た人々は「建御名方神が神馬に乗って諏訪湖を渡ったのではないか」と驚き畏れたと伝えられています。
現在は静かに安置されている2頭の神馬ですが、こうした数々の逸話を知ってから見ると、神馬舎が古くから特別な信仰を集めてきた場所であることが感じられます。
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神馬の足跡「御沓石」
上社本宮には、神馬にまつわるもうひとつの見どころがあります。境内のほぼ中央、一之御柱の後ろにある「御沓石(おくついし)」です。
御沓石は、建御名方神が神馬に乗ってこの石を乗り越えた際、蹄の跡がついたと伝えられる霊石です。「硯石」などとともに、諏訪地方に伝わる「諏訪七石」のひとつに数えられています。
石の表面には大きくへこんだ部分があり、これが神馬の蹄の跡だと伝えられています。
神馬舎に伝わる不思議な逸話とあわせて見ることで、建御名方神と神馬との深い結びつきを感じられる場所です。上社本宮を参拝する際には、神馬舎だけでなく御沓石にも足を運んでみてください。

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