有名度
大関諏訪大社 上社本宮
すわたいしゃ かみしゃもとみや
長野県諏訪市大字中洲字宮山1
布橋
更新日:2026年9月30日
大祝のみ渡ることができた「布橋」
入口御門をくぐった先に続く長い廊下が「布橋」です。古くは諏訪大社上社の最高位の神官であった大祝(おおほうり)のみが渡ることを許された場所で、大祝が通る際には布が敷かれたことから「布橋」と呼ばれるようになったと伝えられています。
現在は一般の参拝者も歩くことができ、入口御門から布橋を通って拝所へ向かうのが、本来の参拝順路とされています。
布橋の大きな特徴は、その長さです。安永6年(1777)に建造された建物で、桁行38間・梁間1間、全長は約67メートル。細長い切妻造の建物が一直線に延びる、本宮でもひときわ特徴的な建造物です。
平成28年(2016)には国の重要文化財に指定されています。

約67メートルの長廊から眺める本宮の社殿
布橋を歩く際には、左右にも注目です。左手には額堂(絵馬堂)、摂末社遥拝所、大国主社、東宝殿、四脚門などが次々と現れます。特に東宝殿や四脚門は布橋に近接しており、本宮の祭祀に関わる重要な建造物を間近に見ることができます。
右手には勅使殿、五間廊、神楽殿などを望むことができます。こちらは布橋から少し距離がありますが、布橋を出た後に近くまで行くことができます。
かつて大祝が歩いた長廊を進みながら、本宮を代表する建造物を次々と眺められることが、布橋ならではの魅力です。

銅板葺から復原された「こけら葺」
布橋は入口御門とともに重要文化財保存修理事業が行われ、屋根も大きく姿を変えました。修理前は銅板葺でしたが、昭和初期の姿をもとに伝統的な「こけら葺」へ復原されています。
こけら葺は薄い木の板を何枚も重ねて屋根を葺く工法です。布橋では杉の割り板が用いられ、その数は約30万枚にも及びます。
約67メートルにわたって続く長大な屋根だけに、入口御門とはまた違ったこけら葺の美しさを見ることができます。布橋を歩くときには左右の社殿だけでなく、頭上に長く続く屋根にも注目してみてください。

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額や絵馬が並ぶ「額堂」
布橋を進むと、左手に「額堂」が見えてきます。全国から寄進された額や絵馬などが掲げられている建物で、「絵馬堂」とも呼ばれています。
絵馬の起源は、祈願や神事の際に神馬を奉納したことにあるとされます。やがて実際の馬に代わって馬を描いた板などが奉納されるようになり、現在の絵馬へとつながっていきました。
額堂にはさまざまな額や絵馬が並び、長い年月にわたって諏訪大社へ寄せられてきた信仰の一端を見ることができます。
また、堂内には御柱祭で使用されるメド梃子も展示されています。メド梃子は御柱の前後に取り付けられる長い棒で、御柱祭を象徴する道具のひとつです。

39か所の摂末社を拝する「摂末社遥拝所」
額堂を過ぎると「摂末社遥拝所」が見えてきます。文政11年(1828)に建造されたもので、かつては「十三所遥拝所」と呼ばれていました。上社には「上十三所」「中十三所」「下十三所」と呼ばれる合計39か所の摂社・末社があり、この遥拝所からそれらの神社を遥拝することができます。
前宮をはじめ、上社に関係する数多くの神社を一か所から拝するための場所であり、上社の広大な信仰圏を知ることができる建物でもあります。
摂末社遥拝所も平成28年(2016)に国の重要文化財に指定されています。
Saigen Jiro(Wikipedia CC0)建御名方神の父神を祀る「大国主社」
摂末社遥拝所を過ぎると、上社本宮の摂社「大国主社」が見えてきます。御祭神は大国主命(おおくにぬしのみこと)。上社本宮の御祭神である建御名方神は、『古事記』では大国主命の御子神として登場します。
本宮の中心で建御名方神を祀り、そのすぐ近くに父神である大国主命を祀る社が鎮座していることも興味深いところです。

現在では誰でも歩くことができる布橋ですが、かつては大祝だけが通った特別な場所でした。約67メートルの長廊を歩きながら左右に並ぶ社殿を眺めると、一般的な神社とは大きく異なる上社本宮独特の境内構成を感じることができます。
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