柱松神事 | 戸隠神社 中社 - 神社ファン

有名度

大関

戸隠神社 中社

とがくしじんじゃ ちゅうしゃ

長野県長野市戸隠3506

柱松神事

更新日:2025年7月5日

景気や世情を占う火祭り

中社境内では3年に一度「柱松神事」が行われます。数ある神事の中でも重要視されている火祭りです。戸隠地方に自生している根曲竹や木で作られた3本の柱松を焼き、その燃え方や倒れた方角によって五穀豊熟や天下泰平、営業隆昌を占うのだそうです。
歴史は古く、室町時代に編集された書物「戸隠山顕光寺流記」には、1299年に柱松神事に関する法式をめぐって争いが起こったことが記載されています。また江戸時代の書物「千曲之真砂」附録「水内郡戸隠山三社祭礼之事」には神事の概略が記されているそうです。他にもいくつかの書物や絵巻に柱松神事の様子が描かれています。明治維新以降、柱松神事は残念ながら中絶されてしまいました。しかし過去の資料や文献に基づき、2003年の式年大祭にあわせて神事が復活したそうです。
かつては毎年、中院と宝光院、奥院にてそれぞれ別の日に神事が行われていましたが、内容は同じものだったと考えられています。中院で行われていた様子を再現し、現在は3年に一度中社のみで開催されています。

柱松神事の流れ

当日、最初に行われるのは柱松特別祈祷祭です。斎主や祭員、聚長たちが集まり拝殿内にて祭事が行われます。終了後は拝殿前に整列しお祓いを受け、その後行列を組んで3本の柱松が用意された大鳥居前の広場に移動するのだそうです。
大鳥居に向かって、右側が中社の柱松、左側が宝光社の柱松、そして中央が奥社の柱松になります。江戸時代以前の神事が院ごとに分かれて行われていたため、柱松が3本用意されているのだそうです。この3本の柱松は、各社ごと異なった素材で作られているのが特徴です。中社の柱松には、幣竹と呼ばれる根曲竹を四角錐状に組み立て「天下泰平」の幟が立てられており、宝光社の柱松は、細めの雑木を使用し「営業隆昌」の幟が立てられています。そして中社の根曲竹と宝光社の雑木を混ぜ合わせ組み立てられた奥社の柱松には「五穀豊穣」の幟が建てられています。各社の風土をそれぞれ表しているのだそうです。
大鳥居前の広場では、柱松と一般参加者がお祓いをされた後に、般若心経が奉唱され、しめ縄切りが行われます。しめ縄が切られると、若い修験者たちが一斉に山に駆け上がります。入峰儀式と呼ばれる、戸隠山に入峰するための儀式なのだそうです。修験者たちが霊山修行を終えて山を下りてくるまでの間、先輩修験者たちは修行の成果と霊験を競い合う験比べとして太々神楽の「三剣の舞」と「身滌の舞」を舞います。修験者たちが山を下りてきた後は、いよいよ柱松に火が移されます。修験者や神事に参加した人々は、「大祓い」や「般若心経」を唱えながら柱松の周囲を巡り、この時に神事特別祈願串のお焚き上げ(護摩供養)も行われるのだそうです。
最後に直会として、太々神楽の「巫子舞」が披露され、これにて柱松神事の一連の行事が終了となります。

この記事を0人の方がいいねといっています



スポンサーリンク

戸隠神社 中社の人気記事