有名度
大関戸隠神社 中社
とがくしじんじゃ ちゅうしゃ
長野県長野市戸隠3506
宣澄を祀る 宣澄社
更新日:2025年7月5日
非業の死を遂げた宣澄を祀る社
五斎神社の境内、天神社の右手側には宣澄社(せんちょうしゃ)が西向きに鎮座しています。ご祭神は大先達宣澄阿闍梨(てんだいしゅうだいせんだつせんちょうあじゃり)。天台派戸隠修験中興の祖である宣澄をお祀りしているお社です。戦国時代の戸隠は、真言派と天台派の両宗派間による争いが絶えませんでした。そんな中、1468年に天台派の宣澄が真言派により暗殺されるという事件が起こります。非業の死を遂げた宣澄は死霊となり、埋葬された飯縄山から夜ごと飛んで来て、真言派の悪党を非常に苦しませ気絶させたとのことです。宣澄の霊に睨まれ真言派の西光寺が炎上したとも言われ、さらには昼間にも現れるようになり真言派を滅ぼしたと伝わります。1481年に宣澄の霊を慰め鎮めるため五斎神社境内に宣澄社が建立され、それ以来、宣澄を慕う近隣の人々にお祀りされてきました。怪無山には今でも宣澄の墓があり、この宣澄社は里宮になります。

宣澄を慰霊する宣澄踊り
毎年8月16日には、五斎神社境内の宣澄社前にて「宣澄踊り」が奉納されます。無念の死を遂げた宣澄を慰め偲んだもので、前唄、中唄、後唄で構成されている踊りです。室町時代後期から始まったとされています。野良着姿で頬かぶりをした男性たちが、酒を酌み交わしながら「踏む」「蹴る」の動作が中心の踊りを踊ります。修験道に深く関連した踊りと言われており、別名「七五三踊り」ともいわれているそうです。
北信一帯には「烏踊」「盆じゃもの」「蹴りこみ踊り」「田の草踊」などの踊りが伝わりますが、これらの起源は宣澄踊りだと考えられています。2005年には長野市の無形文化財に指定された、歴史ある踊りです。
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