妻科神社 - 神社ファン

有名度

前頭

妻科神社

つましなじんじゃ

長野県長野市大字南長野字本郷219-1

長野県長野市大字南長野字本郷219-1

拝殿

Saigen Jiro(wikipedia パブリック・ドメイン)

かんたんご利益

  • 仕事
  • 家庭
  • 勝負
妻科神社には

「仕事系」「家庭系」「勝負系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

五穀豊穣 家内安全 武運長久

御祭神

主祭神

八坂刀賣命 やさかとめのみこと

相殿神

健御名方命 たけみなかたのみこと

相殿神

彦神別命 ひこかみわけのみこと

神社系統

この神社の主な系統は

諏訪系

です。
他に 「不明(1柱)」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

妻科神社は長野県長野市に鎮座する神社。御祭神は八坂刀賣命、健御名方命、彦神別命の3柱をまつる。
社格は式内社であり、旧県社。
妻科神社の創建時期は明らかでないが、『日本三代実録』貞観2年(860年)2月5日条に「信濃国水内郡 妻科神社」が記載され、従五位下の神階が授けられたとある記事があることから平安時代初期以前にすでに鎮座していたことが分かる。また同書の貞観5年(863年)には従五位上へ昇叙された記録もあり、当時から朝廷の信仰を受けた古社であったと考えられている。さらに『延喜式神名帳』にも信濃国水内郡の式内社として記載されており、平安時代を通じて地域の中心的存在であったことがうかがえる。中世には妻科神社は湯福神社・武井神社とともに戸隠神社の護法神とされ、地域の守護とされてきた。また江戸時代には善光寺三社鎮守として善光寺門前の人々の篤い崇敬を受け、当時は「妻科諏訪大明神」と称されたこともある。宝暦14年(1764年)に現在の名称である妻科神社に復したと伝えられ、明治6年(1873年)には郷社に列格し、昭和6年(1931年)には県社へ昇格した。こうした社格の変遷は、地域社会における妻科神社の信仰的・社会的重みを物語るものである。
毎年10月の例祭が氏子や地域住民にとって最大の行事であり、神輿渡御や獅子舞奉納、奉納花火などが行われ秋の実りや無病息災を祈念する伝統的な神事として受け継がれている。この例祭は善光寺周辺地域の秋を彩る重要な催しで、多くの参拝者や観光客を集める。
  • 県社
  • 式内社(小)
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神社詳細

摂末社・境内社

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例祭

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文化財

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建築

本殿 一間社流造

神紋

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A6%BB%E7%A7%91%E7%A5%9E%E7%A4%BE
長野県神社庁
https://www.nagano-jinjacho.jp/