沙田神社 - 神社ファン

有名度

前頭

沙田神社

いさごだじんじゃ

長野県松本市島立3316

長野県松本市島立3316

拝殿

Saigen Jiro(wikipedia CC0)

かんたんご利益

  • 子供
  • 厄除
沙田神社には

「子供系」「厄除・開運系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

鬼門除け 安産

御祭神

彦火火見尊 ひこほほでみのみこと
豊玉姫命 とよたまひめのみこと
沙土煮命 すいじにのみこと

神社系統

この神社の主な系統は

「不明(3柱)」

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

沙田神社は長野県松本市に鎮座する神社。御祭神は彦火火見尊、豊玉姫命、沙土煮命の3柱をまつる。
社格は旧県社。
沙田神社の起源は非常に古く、社伝によれば西暦649年(大化五年)、当時の信濃国司が勅命を奉じて鷺沢嶽(現・松本市波田地区)に初めて勧請し、この地で祭祀を始めたのが始まりである。さらに、大同年間(806~810年)には、名将 坂上田村麻呂 が当社の神威を頼り、有明山で妖賊討伐を行った際、国司とともに社殿を造営したと伝えられている。以来、当社は波田地域を流れる梓川の水霊を祀る、いわば自然信仰を背景とした古社であったとされる。平安時代、仁寿元年(851年)には勅命による社殿造営が行われ、仁寿三年(853年)には勅使が差し遣わされ神位を賜ったという伝承がある。また、927年成立の『延喜式』神名帳には「沙田神社」と記載され、式内社として信濃国筑摩郡に列せられており、この時点で当社の格式の高さが確立されていた。中世に入ると、一時期困難にも見舞われた。鎌倉時代後期、元亨から正中(1321-1325年頃)にかけての戦火により社殿は焼失し、本殿のみが辛うじて残されたと伝わる。その後、室町時代には、当時当地を支配していた武将一族の家臣 島立右近 らが社殿を修復し、再興を果たした。さらに、近世においては、松本城主たちが当社を城の裏鬼門除けの守護神として尊崇し、神領の寄進などによって保護を受けてきた。そのため現在の社殿は、文化5年(1808年)建立の本殿を中心に、拝殿や神楽殿などが整備されている。明治維新後の近代社格制度においては、明治5年(1872年)に郷社、そして明治34年(1901年)に県社へと昇格し、さらに明治40年(1907年)には幣帛料供進社に指定されるなど、公的な格式と保護を受ける神社となった。
  • 三宮(信濃国 伝)
  • 県社
  • 式内社(小)
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神社詳細

摂末社・境内社

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例祭

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文化財

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建築

本殿 神明造

神紋

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B2%99%E7%94%B0%E7%A5%9E%E7%A4%BE
長野県神社庁
https://www.nagano-jinjacho.jp/