児安神社 - 神社ファン

有名度

前頭

児安神社

こやすじんじゃ

石川県金沢市大樋町11-1

石川県金沢市大樋町11-1

かんたんご利益

  • 恋愛
  • 子供
児安神社には

「恋愛系」「子供系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

安産 子育て 結び

御祭神

伊邪奈美命 いざなみのみこと
伊邪奈岐命 いざなぎのみこと

相殿神

畔分堰神 あぜわけせきのかみ

相殿神

児安大明神 こやすだいみょうじん

神社系統

この神社の主な系統は

「不明(1柱)」

です。
他に 「不明(2柱)」 「愛宕・秋葉系」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

児安神社は石川県金沢市に鎮座する神社。御祭神は伊邪奈美命、伊邪奈岐命、畔分堰神、児安大明神の4柱をまつる。
社格は旧村社。
この神社は、古くは「大堰宮(おおひのみや)」と称されたと伝えられており、創立は奈良時代・養老7年(723年)とされている。当時、元正天皇(在位715-724年)の時代に全国的な田地開発が詔せられ、越前国加賀郡(現在の石川県金沢市東部)においても荒地の開墾が進められた。そこで大堰堤を築いて灌漑を改善し、その守護神として畔分堰神を奉斎し、水と農業の神として祀ったのが始まりである。社地の呼称「大堰(おおひ)」は、その堤の名に由来し、現在の地名「大樋(おおひ/おおひちょう)」の語源ともされている。その後、戦乱・社会変動のなかで旧記・伝来文書・神領が散逸し、社殿も老朽化・荒廃した時期を迎えた。荒廃後、相殿として伊邪奈美命・伊邪奈岐命を祀るとともに、衆人より「児安大明神」と呼ばれ親しまれるようになり、産婦の安産・子育てを願う崇敬が深まった。江戸時代には、真言宗の僧侶が宮守として居住し、本地観音像を安置して「子安観音」と称された時期もあった。そこでは、境内の「子授け石」を撫でて子宝を授かったという故事が伝わる。加賀藩主の 前田利常(在位1624-1658年)もこの社を篤く信仰し、安産神符の秘法を伝授奉納したとされ、それ以後、産婦や子育てを願う人々の信仰が一層高まった。明治5年10月(1872年)に村社に列せられ、明治6年(1873年)に「児安神社」の社号に改められた。
スポンサーリンク

神社詳細

摂末社・境内社

境内社 乳母嶽神社
祭神不明

例祭

情報募集

文化財

情報募集

建築

情報募集

神紋

情報募集

出典
石川県神社庁
https://www.ishikawa-jinjacho.or.jp/