関口開記念碑・松平康正(大弐)の碑 | 尾山神社 - 神社ファン

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尾山神社

おやまじんじゃ

石川県金沢市尾山町11-1

関口開記念碑・松平康正(大弐)の碑

更新日:2025年6月23日

関口開記念碑

関口開(せきぐちひらき)は、幕末から明治時代前期に活動した数学者で、加賀藩の和算学者です。独学で西洋数学を学び洋書を翻訳し、「数学稽古本」や「新撰数学」を発行。西洋数学の普及に尽力しました。鉛筆型の顕彰碑は、関口の教え子たちにより建立されたものです。
関口開記念碑

遙拝所

関口開記念碑の近くに遙拝所があります。本殿が遠く、手前に神苑があるため気づかない人が多いです。
遙拝所入口
階段を登っていくと正面には「皇大神宮遙拝所」の石碑があります。こちらから伊勢神宮内宮へ参拝することができます。また左手には明治神宮遙拝所があります。明治神宮の遙拝所は珍しいです。
遙拝所

松平康正(大弐)の碑

松平康正は、加賀藩の家老職にあった人物です。1864(元治元)年、加賀藩第十四代藩主・前田慶寧公は京都で警護を務めていました。慶寧公は、7月に勃発した禁門の変の前後で長州藩と会合し、その結果警護を放棄。幕命に背き金沢に戻ってしまいます。そのため康正は多くの側近とともに責めを負い、切腹に至りました。明治維新の後、康正の名誉が回復したため、碑が建立されました。
松平康正(大弐)の碑

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