関口開記念碑・遙拝所 | 尾山神社 - 神社ファン

有名度

関脇

尾山神社

おやまじんじゃ

石川県金沢市尾山町11-1

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関口開記念碑・遙拝所

更新日:2026年8月29日

西洋数学の普及に尽くした関口開記念碑

境内には、幕末から明治時代に活躍した数学者・関口開(せきぐちひらき)の功績をたたえる記念碑があります。細長く先端の尖った独特の形をしており、鉛筆を思わせる姿も特徴です。
関口開は1842年(天保13年)、加賀国金沢に生まれました。幼い頃から数学を好み、加賀藩の和算家に学んで和算を修めましたが、幕末に西洋数学と出会うと、その研究にも取り組むようになります。
関口開記念碑
当時、西洋数学を学ぶための日本語の教科書はまだ十分に整っていませんでした。関口は独学で英語や西洋数学を学び、洋書を翻訳しながら研究を進めました。明治時代に入ると数学教育にも力を注ぎ、『数学稽古本』『新撰数学』などの教科書を著しています。
なかでも『新撰数学』は広く使用され、総発行部数は22万部に達したとされます。和算から西洋数学へと教育が大きく転換していく明治初期に、西洋数学の普及に大きな役割を果たしました。
しかし、関口は1877年(明治10年)、35歳の若さで亡くなりました。その功績を後世へ伝えるため、1885年(明治18年)12月、教えを受けた門人たちによって尾山神社境内に記念碑が建立されました。
尾山神社 関口開記念碑に刻まれた文字
碑には「関口先生記念標」と刻まれています。この文字を揮毫したのは、明治時代に政治家・洋学者として活躍し、東京学士会院初代会長も務めた神田孝平です。碑の横には関口の経歴や功績を記した石板も設けられており、453字にわたってその生涯が刻まれています。
尾山神社は前田家ゆかりの神社ですが、境内にはこうした金沢の近代教育や学問の発展を伝える記念碑も残されています。
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伊勢神宮と明治神宮を拝む遙拝所

関口開記念碑の近くには階段があり、その先に遙拝所が設けられています。神苑の奥に位置しているため、境内を歩いていても気づかず通り過ぎやすい場所です。
遙拝とは、遠く離れた神社や神聖な場所に向かって、その方向から拝礼することです。現地まで赴かなくても、遙拝所からその神社を拝むことができます。
階段を上った正面には「皇大神宮遙拝所」と刻まれた石碑が立っています。皇大神宮とは伊勢神宮の内宮のことで、天照大御神をお祀りしています。この場所から伊勢神宮内宮の方向を遙拝します。
遙拝所入口
さらに左手には明治神宮の遙拝所があります。1か所から伊勢神宮内宮と明治神宮をそれぞれ遙拝できる場所となっており、尾山神社境内でも少し奥まった場所にある見どころです。
遙拝所

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