利家公像・お松の方像・利家公の金鯰尾兜 | 尾山神社 - 神社ファン

有名度

関脇

尾山神社

おやまじんじゃ

石川県金沢市尾山町11-1

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利家公像・お松の方像・利家公の金鯰尾兜

更新日:2026年8月29日

赤母衣衆時代を表した前田利家公像

境内の右手、神苑の近くには、馬にまたがった前田利家公の像があります。右手には長い槍を持ち、背中には大きく膨らんだ母衣(ほろ)を背負った姿です。
若き日の利家公は織田信長に仕え、槍の名手として「槍の又左」の異名をとりました。その後、信長直属の精鋭である「赤母衣衆」の一員に選ばれて活躍しています。尾山神社の像は、この赤母衣衆時代の利家公を表したものです。
利家公像
母衣は、もともと戦場で流れ矢を防ぐために鎧の背に掛けた布で、のちには竹などの骨組みを入れ、背後で大きく膨らんだ形を保つようになりました。母衣衆は戦場での連絡など重要な役割を担い、目立つ母衣を背負って危険な任務にあたりました。
像の右手に握られた長槍と背中の赤い母衣は、「槍の又左」と呼ばれ、赤母衣衆として戦場を駆けた若き日の利家公を象徴しています。
尾山神社 利家公像 アップ
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前田家を支えたお松の方像

利家公像の右手には、正室・お松の方の像があります。お松の方は11歳で利家公に嫁ぎ、武芸や学問にも通じた才気ある女性だったと伝えられています。
利家公の死後は芳春院と号しました。徳川家康と前田家の関係が緊張するなか、自ら江戸へ赴き、その後14年にわたって江戸で生活しました。こうした行動は、徳川幕府のもとで前田家を存続させるうえで大きな役割を果たしました。
お松の方像
像の前にはシャクヤクが植えられています。お松の方が14年に及ぶ江戸での生活を送るなか、心の支えにしたと伝えられる花です。現在も開花時期になると、お松の方像の前で花を咲かせます。

黄金に輝く利家公の金鯰尾兜

お松の方像の前には、前田利家公の「金鯰尾兜(きんなまずおかぶと)」を再現した大きなモニュメントがあります。細長く上へ伸びた独特の形と、全面を覆う金色が目を引きます。
モデルとなった兜は、利家公所用と伝えられる「金小札白糸素懸威胴丸具足(きんこざねしろいとすがけおどしどうまるぐそく)」の一部です。利家公が1584年(天正12年)の末森城の戦いで着用したと伝えられています。
甲冑は小札などに金箔を施した華やかなもので、国の重要文化財に指定されています。実物は前田育徳会が所蔵しています。
利家公の金鯰尾兜
金色の鯰尾兜は前田利家公を象徴するもののひとつとなっており、金沢百万石まつりなどでも利家公を表す意匠として目にすることができます。境内では、赤母衣衆時代を表した騎馬像、お松の方像、金鯰尾兜を近い場所で見ることができます。

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