神苑 | 尾山神社 - 神社ファン

有名度

関脇

尾山神社

おやまじんじゃ

石川県金沢市尾山町11-1

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神苑

更新日:2026年8月29日

楽器をかたどった金谷御殿の庭園

本殿に向かって右手に広がる神苑は、尾山神社が創建される以前、この地にあった金谷御殿の庭園を受け継いだものです。池を中心に歩きながら景色を楽しむ池泉回遊式庭園で、江戸時代末期から尾山神社が創建された1873年(明治6年)までの間に現在の姿が整えられたと考えられています。
神苑
金谷御殿は、加賀藩前田家の別邸として使用された御殿です。尾山神社の創建にあたって御殿の建物は取り払われましたが、庭園は残され、現在の神苑として受け継がれました。1978年(昭和53年)には「尾山神社庭園」の名称で石川県指定名勝となっています。
神苑最大の特徴は、池に浮かぶ島や橋が雅楽と深く結びついていることです。
池には「鳥兜島(とりかぶとじま)」「鳳笙島(ほうしょうじま)」「琵琶島」の3つの島が配されています。鳥兜は舞楽で用いられる装束、鳳笙と琵琶は雅楽などで使用される楽器です。さらに島々に架かる「八ツ橋」「琴橋」なども、楽器やその姿を意識して造られています。
尾山神社 神苑の島
庭園そのものに古代の楽器や舞楽装束の姿を取り入れていることから、神苑は「楽器の庭」とも呼ばれています。池や島を単に眺めるだけでなく、それぞれが何を表しているのかを知ってから歩くと、庭園の見え方も変わります。
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神門にもつながる図月橋

神苑にはいくつもの橋が架かっていますが、なかでも特徴的なのが「図月橋(とげつばし)」です。
金沢周辺で産出する戸室石を用いたアーチ型の石橋で、池の景観を構成する大きな見どころとなっています。この図月橋のアーチは、1875年(明治8年)に完成した神門を設計する際のモチーフになったともいわれています。
図月橋
神門の1層目にも戸室石を用いた3連アーチがあります。境内を代表する神門と、それ以前から存在した神苑の石橋を見比べてみるのも面白いところです。

辰巳用水から引かれていた池の水

かつて神苑の池には、加賀藩3代藩主・前田利常公の命によって造られた辰巳用水から水が引かれていました。
辰巳用水は1632年(寛永9年)に完成した金沢を代表する用水で、犀川上流から取水し、金沢城や城下へ水を送るために造られました。神苑へは兼六園方面から暗渠を通して水が導かれていました。
引かれた水は「響遠瀑(きょうえんばく)」と呼ばれる滝から池へと落とされました。水が落ちる場所には、水音が美しく響くように石が配置されており、庭園では景色だけでなく水の音も楽しめるよう工夫されていました。
その後、辰巳用水から神苑へ続く水路が途絶えたため、現在の池には地下水が利用されています。
石菅
神門の脇には、かつて辰巳用水から神苑へ水を導くために使われていた石管が残されています。神苑の池から少し離れた場所にありますが、かつて兼六園方面からこの庭園まで実際に水が引かれていたことを伝える遺構です。

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