放生津八幡宮 - 神社ファン

有名度

前頭

放生津八幡宮

ほうじょうづはちまんぐう

富山県射水市八幡町2-2-27

富山県射水市八幡町2-2-27

放生津八幡宮例大祭の拝殿

放生津八幡宮社務所(wikipedia CC 表示-継承 4.0)

かんたんご利益

  • 子供
放生津八幡宮には

「子供系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

安産 子孫繁栄

御祭神

應神天皇 おうじんてんのう

配祀

仁徳天皇 にんとくてんのう

神社系統

この神社の主な系統は

八幡系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

放生津八幡宮は富山県射水市に鎮座する神社。御祭神は應神天皇、仁徳天皇の2柱をまつる。
社格は旧県社。
この神社の起源は、奈呉(なご/奈古)の浦と呼ばれた地に遡る。越中国守として赴任していた大伴宿祢家持(おおとものすくねやかもち)が天平18年(746年)に、九州・宇佐八幡宮から八幡神を勧請して「奈呉八幡宮」と称したことに始まるとする伝承がある。家持は奈呉の海人(あまびと)の暮らしを視察しつつ、海の平穏・漁夫の安寧を祈願したとされ、その歌「あゆの風いたく吹くらし奈呉の海人の釣する小舟漕ぎ隠る見ゆ」にもその思いがうかがえる。その後、時代を経る中で「放生津」の地名を冠し「放生津八幡宮」と称されるようになった。江戸時代には「築山行事」や「曳山行事」が行われており、享保6年(1721年)の『東八幡宮記録』などにその記録があるとされる。明治維新後の近代社格制度において県社に列格され、地域を代表する社となった。さらに令和3年(2021年)3月11日には、秋季例祭における「曳山・築山行事」が国の重要無形民俗文化財に指定された。現在も毎年10月1日から3日にかけて例大祭が行われ、地域の人々によって脈々と伝統が受け継がれている。
  • 県社
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神社詳細

公式URL

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文化財

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建築

本殿 銅板葺流造

神紋

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出典
公式サイト
https://www.houjyoudu.com/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%94%BE%E7%94%9F%E6%B4%A5%E5%85%AB%E5%B9%A1%E5%AE%AE
富山県神社庁
https://toyama-jinjacho.sakura.ne.jp/