物部神社 新潟県柏崎市西山町二田 - 神社ファン

有名度

前頭

物部神社

もののべじんじゃ

新潟県柏崎市西山町二田602番地

新潟県柏崎市西山町二田602番地

拝殿

Saigen Jiro(wikipedia CC0)

物部神社以外にも 二田物部神社 とも呼ばれます。


かんたんご利益

御祭神

主祭神

二田天物部命 ふたたのあめのもののべのみこと

配祀神

物部稚櫻命 もののべちざくらのみこと

配祀神

健御名方命 たけみなかたのみこと

神社系統

この神社の主な系統は

物部系

です。
他に 「不明(1柱)」 「諏訪系」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

物部神社は新潟県柏崎市に鎮座する神社。御祭神は二田天物部命、物部稚櫻命、健御名方命の3柱をまつる。
社格は旧県社。
創建については江戸時代の『二田宮伝記』に詳しく、二田天物部命は彌彦神社の祭神である天香山命に随従して越国に来臨し、石地で別れたのち、二田を献上する者がいたため当地に住んだと伝える。また命は土生田の高陵に葬られ、その地名や周辺の信仰に深く影響を与えたとされる。社地は古くから転々としたと伝わり、崇神天皇期には12世孫の物部稚桜命が石地浜から南大崎へ遷し、推古天皇期には亀岡山中腹、神亀年間には土生田岡、弘仁年間には亀岡山山頂と移り、天仁元年に現在地へ遷座した。この亀岡山の旧跡は明徳年間の古図に記され、多くの堂宇が並び奥宮に至る信仰の中心であった様子がうかがえる。延暦14年には坂上田村麻呂が当社に祈願し三島郡を神領に定めたと社伝は伝える。927年成立の『延喜式』神名帳に名を連ねたのち、院政期の文書では「二田社」として神主補任権が国主に属したことが示されている。中世には『神道集』に「二宮両田大菩薩」と記され、「二田」が越後国二宮と認識されていたことがわかる。戦国期には足利義晴から3,500貫の神領を受け、のちに上杉景勝から1,070石、江戸初期には松平忠輝や徳川家光からも寄進を受けるなど、重んじられた神社であったが、景勝の会津移封を契機に衰微し、その後も変遷を重ねて近代に至った。
本殿は三間社流造・桟瓦葺で、室町時代後期の15世紀後期の建築と考えられている。古くは独立した社殿であったが、現在は幣殿が全面に接続し、向拝は板壁で囲われる構造となる。また十日町市の来迎寺愛宕堂(1713年)の虹梁絵様と近似する点から、向拝は江戸中期頃に改造されたと推定されている。この本殿は歴史的価値が高く、新潟県指定文化財となっている。
  • 県社
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神社詳細

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文化財

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建築

本殿 三間社流造

神紋

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%89%A9%E9%83%A8%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E6%9F%8F%E5%B4%8E%E5%B8%82)
新潟県神社庁
https://niigata-jinjacho.jp/