納太刀と納め太刀のモニュメント・権田直助翁像 | 大山阿夫利神社 - 神社ファン

有名度

関脇

大山阿夫利神社

おおやまあふりじんじゃ

神奈川県伊勢原市大山355

😞 🙁 😐 🙂 😄

納太刀と納め太刀のモニュメント・権田直助翁像

更新日:2026年8月25日

納太刀と納め太刀のモニュメント

拝殿前の大鳥居をくぐった右手には、大きな木太刀を担ぐ若者を表した「納め太刀」のモニュメントがあります。
大山には、参拝者が木製の太刀を奉納する「納太刀(おさめだち)」と呼ばれる独特の風習があります。源頼朝が天下泰平・武運長久を祈願して太刀を奉納した故事に由来すると伝えられ、江戸時代に大山詣りが盛んになると庶民にも広まりました。
参拝者は木太刀に願い事を記し、「招福除災」「病魔や災いを断つ」などの願いを込めて大山へ担いで登りました。通常の木太刀は長さ1尺(約30cm)ほどでしたが、次第に講同士で大きさを競うようになり、なかには一丈(約3m)を超える巨大な木太刀も奉納されたといいます。
また、木太刀は奉納するだけではありませんでした。他の参拝者が納めた太刀を借り受け、災難除けの守護として自宅に持ち帰って1年間奉斎し、翌年の大山詣りで返納する風習もありました。このため、大山と参拝者を毎年結びつける役割も果たしていました。
こうした大山詣りの文化は現在にも受け継がれています。平成28年(2016)には「江戸庶民の信仰と行楽の地~巨大な木太刀を担いで『大山詣り』~」として日本遺産に認定されました。モニュメントは、大山詣りを象徴する「納め太刀」を担ぐ若者の姿を表したものです。
納太刀と納め太刀のモニュメント
現在も夏には「大山納め太刀ウォーク」が行われ、参加者が木太刀を担いで大山を歩き、下社へ奉納します。江戸時代の大山詣りを現代に伝える行事となっています。
地下巡拝道に展示されている巨大な木太刀も、この納太刀の風習に関係するものです。先に地下巡拝道を見ているなら、ここでモニュメントを見ることで、あの巨大な木太刀を実際に担いで大山へ登った人々の姿をイメージしやすくなります。
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権田直助翁像

大山獅子の右手には、幕末から明治時代に活躍した国学者・神道家・医師の権田直助翁の座像があります。
権田直助は明治時代の神仏分離によって大きく変化した大山阿夫利神社の復興に尽力した人物で、「大山近代の祖」とも称されています。大山阿夫利神社が神仏習合の霊場から近代の神社へ移行していく時期に重要な役割を果たしました。
毎年6月8日には「権田祭」が行われ、権田直助翁と歴代の社司を偲び、その功績を顕彰します。
境内には見逃してしまいそうな座像ですが、神仏分離後の大山阿夫利神社を知るうえで重要な人物です。神仏習合時代の石尊大権現から現在の大山阿夫利神社へと移り変わった歴史とあわせて見ておきたい場所です。
権田直助翁像

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