有名度
大関鶴岡八幡宮
つるがおかはちまんぐう
神奈川県鎌倉市雪ノ下2-1-31
大銀杏・子銀杏
更新日:2026年8月22日
倒伏した大銀杏
鶴岡八幡宮の本宮へ続く大石段の左手には、かつて御神木の大銀杏がそびえていました樹齢約1,000年ともいわれた巨木で、1955年(昭和30年)8月30日に神奈川県の天然記念物に指定されました。長年にわたり鶴岡八幡宮の歴史を見守り、秋には黄金色に染まる姿が境内を彩っていました。

現在、大石段のそばでは「親銀杏」と「子銀杏」が並んで成長しています。
公暁の隠れ銀杏
大銀杏は「隠れ銀杏」としても広く知られてきました。1219年(建保7年)1月27日、鎌倉幕府3代将軍・源実朝は、右大臣拝賀のため鶴岡八幡宮を参拝しました。その夜、雪が積もるなかで参拝を終えた実朝は、2代将軍・源頼家の子で鶴岡八幡宮の別当を務めていた公暁に襲われ、命を落とします。
伝承では、公暁は大石段脇にあった大銀杏の陰に身を潜め、実朝を待ち伏せしていたとされます。この逸話から、大銀杏は「隠れ銀杏」「公暁の隠れ銀杏」と呼ばれるようになりました。
ただし、公暁が大銀杏に隠れていたという話は史実として確認されているわけではありません。
鎌倉幕府の歴史書『吾妻鏡』には、公暁が「石階の際」で実朝を襲ったことは記されていますが、大銀杏の陰に隠れていたとは書かれていません。銀杏に隠れていたという話は後世に広まった伝承と考えられており、実朝暗殺の史実と「隠れ銀杏」の伝説は分けて見る必要があります。
実朝を討った公暁も、その後逃亡する途中で三浦義村が差し向けた長尾定景らによって討ち取られました。実朝の死によって、源頼朝から続いた源氏将軍は3代で途絶えることになります。
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大銀杏の再生
倒伏した大銀杏は、そのまま失われたわけではありません。倒れた幹は根元から切断され、その一部が元の場所のすぐそばへ移植されました。現在、鶴岡八幡宮ではこの移植された御神木を「親銀杏」と呼んでいます。
一方、元の場所に残された根からは新しいひこばえが芽吹きました。これが「子銀杏」です。

大石段を上る際には、かつて大銀杏があった場所だけでなく、その脇で育つ親銀杏と子銀杏にも注目してみてください。樹齢約1,000年とも伝えられた御神木の歴史を、現在も受け継いでいる姿を見ることができます。

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