3つの鳥居 | 鶴岡八幡宮 - 神社ファン

有名度

大関

鶴岡八幡宮

つるがおかはちまんぐう

神奈川県鎌倉市雪ノ下2-1-31

3つの鳥居

更新日:2026年4月27日

鳥居の歴史

鳥居は、鶴岡八幡宮の正面から海まで真っすぐに通る若宮大路に建てられています。鳥居の数は全部で3つ。もっとも知られている鶴岡八幡宮入口の朱色の鳥居は、三ノ鳥居です。同じく朱色の二ノ鳥居は、若宮大路の中央に設けられている段葛の入口に、石造りの一ノ鳥居は由比ガ浜寄りにあり、二ノ鳥居からは1km弱、三の鳥居からは1.5km弱、距離があります。
海までつづく若宮大路
3つの鳥居が創建されたのは、源頼朝が治世する鎌倉時代にまでさかのぼります。
当時は木造の鳥居でしたが、1668(寛文8)年に現在の石造り(花崗岩)になりました。
石造りになった理由は、徳川二代将軍・秀忠の夫人で大河ドラマにもなった江(崇源院)が夢で受けたお告げといわれています。
江は鶴岡八幡宮の弁財天を信仰しており、弁財天に祈願して後の三代将軍となる家光を授かり無事に出産できました。
日頃から自分の代わりに家光の乳母である春日局を参拝させていました。
ある日、夢の中に弁財天が現れて
「木造の鳥居を備前屋犬島の石を使用して、石造にするように」
とのお告げを受けます。
備前屋犬島(岡山県)から大きな石を運ばなければならなかったため、江は鳥居の完成を見ることなく亡くなりましたが、夫の三代将軍・家光の治世を経て、四代将軍・家綱の時代に完成となりました。
しかし、1923(大正12)年の関東大震災ですべて倒壊。昭和に入り再建工事が行われ、二ノ鳥居と三ノ鳥居はコンクリート造りになりました。

一の鳥居

1937年(昭和12年)に一の鳥居だけがもとのとおりに再建されました。
一の鳥居
一ノ鳥居は材料を補充して建て直したため、東側の柱には、「寛文八年戊申八月十五日 御再興 鶴岡八幡宮石雙華表」の文字を見ることができます。石材は、備前大島産の花崗岩が使われており、高さは約8.5mです。歴史的価値があるとされ、1904(明治37)年には国の重要文化財に指定されました。
一の鳥居の柱

二の鳥居

二の鳥居は若宮大路の中央にあり、鶴岡八幡宮までの参道で桜の道で有名な「段葛」の入口に建てられています。
二の鳥居
鎌倉駅から一番近い鳥居です。関東大震災で倒壊したため、現在は鉄筋コンクリートで作られています。
見上げた二の鳥居

三の鳥居

もっとも知られている鶴岡八幡宮入口の朱色の鳥居は、三ノ鳥居です。
段葛が終わると三の鳥居が現れます。二の鳥居と同様に関東大震災で倒壊したため、現在は鉄筋コンクリートで作られています。
三の鳥居

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