太鼓橋 | 鶴岡八幡宮 - 神社ファン

有名度

大関

鶴岡八幡宮

つるがおかはちまんぐう

神奈川県鎌倉市雪ノ下2-1-31

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太鼓橋

更新日:2026年8月22日

美しい曲線の太鼓橋

太鼓橋は、鶴岡八幡宮の三の鳥居をくぐった正面に架かる、境内を代表する橋です。東側の源氏池と西側の平家池をつなぐ水路に架かり、橋の向こうには舞殿や本宮へと続く参道が真っすぐに延びています。
太鼓橋の歴史は鎌倉時代までさかのぼります。1182年(寿永元年)、源頼朝が鶴岡八幡宮の社前に源平池を造営した際に架けられたと伝えられています。当初は朱塗りの木造橋であったことから「赤橋」と呼ばれていました。
太鼓橋
現在の太鼓橋は、太鼓を半分にしたように大きく反った美しい曲線が特徴です。勾配は約30度あり、正面から見ると本宮へ向かって大きくせり上がるように見えます。横から眺めると橋が描く弧と急な勾配がさらに分かりやすく、正面とは違った姿を楽しめます。
1923年(大正12年)の関東大震災で橋は倒壊し、1927年(昭和2年)に再建されました。現在の橋は橋脚や橋桁に鉄筋コンクリート、橋床や欄干には石が使われています。
かつては参拝者も太鼓橋を渡ることができましたが、現在は通行できません。太鼓橋の左右に架かる橋を通って参道へ進みます。
三の鳥居をくぐったら、そのまま参道へ進まず、まず正面から太鼓橋と本宮方向を眺めてみてください。その後、左右の橋から側面を見ると、大きく反った美しい曲線をよりはっきり確認できます。
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かながわの橋100選

太鼓橋は、神奈川県内の歴史や景観に特色のある橋を選定した「かながわの橋100選」の一つです。
現在は太鼓橋そのものを渡ることはできませんが、左右に架かる橋から間近に眺めることができます。特に側面からは、太鼓橋の名前の由来となった大きな弧を描く姿がよく分かります。
太鼓橋 横
現在は太鼓橋の左右に橋がありますが、かつては本宮へ向かって左側、平家池側にだけ橋が架けられていたと伝えられています。
この配置には、平家池に架かる橋を渡ることで「平家を踏みつぶす」という意味が込められていたともいわれています。東側の源氏池、西側の平家池、その中央に架かる太鼓橋を一緒に見ると、源氏ゆかりの鶴岡八幡宮らしい境内構成を感じることができます。

和田合戦と赤橋

鎌倉時代に「赤橋」と呼ばれていた太鼓橋は、鎌倉幕府の歴史にも登場します。
1213年(建保元年)に起きた和田合戦では、鶴岡八幡宮や若宮大路周辺も激しい戦いの舞台となりました。和田合戦は、鎌倉幕府の有力御家人であった和田義盛と、執権・北条義時を中心とする幕府方との間で起きた戦いです。
鶴岡八幡宮 和田義盛
『吾妻鏡』によると、和田方の土屋義清は北条義時を討とうと進みましたが、鶴岡八幡宮の赤橋付近で流れ矢に当たり、討ち死にしたと記されています。
現在は参拝者が行き交う穏やかな場所ですが、800年以上前には鎌倉幕府を揺るがした戦いが、この太鼓橋のすぐ近くまで及んでいました。
美しい曲線だけでなく、「赤橋」と呼ばれていた鎌倉時代の姿や和田合戦の歴史まで知ってから眺めると、太鼓橋の印象も大きく変わります。

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