杉山神社 神奈川県横浜市港北区新吉田町 - 神社ファン

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杉山神社

すぎやまじんじゃ

神奈川県横浜市港北区新吉田町4509

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神奈川県横浜市港北区新吉田町4509

拝殿

Thirteen-fri(wikipedia CC 表示-継承 4.0)

かんたんご利益

  • 厄除
杉山神社には

「厄除・開運系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

除災招福 厄除け

御祭神

五十猛命 いたけるのみこと
権五郎景政 ごんごろうかげまさ

神社系統

この神社の主な系統は

杉山系

です。
他に 「鎌倉景正系」 「不明(1柱)」 「祇園・須佐系」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

杉山神社は神奈川県横浜市港北区に鎮座する神社。御祭神は五十猛命、権五郎景政、比野聖廟、素盞嗚命の4柱をまつる。
社格は式内社であり、旧郷社。
創建年代は明らかでない。房総半島から移住した一族が神をまつったとする説が伝えられている。
『武蔵式社記』には、都筑郡吉田の「杉山」に鎮座する神社を式内社の旧跡とする記述があり、境内を含む一帯にも古くから「杉山」の小名が残されていた。
文化・文政年間(1804~1830)に編纂された『新編武蔵風土記稿』には、杉山神社は吉田村北方に鎮座し、社地には2段5畝の除地があったと記されている。本社は間口2間、奥行2間半、拝殿は間口3間、奥行2間で、社殿は南向きに建てられていた。神体は不動明王像で、別当寺は正福寺であった。
神宝や由緒書は正福寺で保管されていたが、同寺の火災によって焼失したと伝えられ、創建や中世の沿革を伝える史料は残っていない。
江戸時代には、現在の横浜市港北区内に新羽村2社、吉田村、樽村、菊名村、大豆戸村、太尾村の計7社の杉山神社が鎮座していた。吉田村の杉山神社は、地名「杉山」、神社と関わりの深い森家の口伝、森家背後の丘陵にあった浅間塚などを根拠として、式内社の論社に挙げられてきた。また、『港北区史』には、森家が地域で「杉山さま」と呼ばれていたことが記されている。
明治6年(1873)に郷社へ列格し、明治22年(1889)には吉田村が近隣の村々と合併して新田村となった。さらに明治41年(1908)11月には、新田村内の無格社3社を合祀した。昭和14年(1939)4月1日には新田村が横浜市へ編入され、所在地は新吉田町となった。
現在の社殿は本殿と拝殿を一体化した権現造で、茅葺屋根を備え、建物の広さは24坪である。境内は約900坪あり、早渕川に近い高台に鎮座する。例祭は10月9日の秋季大祭で、現在は横浜市保土ケ谷区瀬戸ケ谷町の八幡社が兼務社となっている。
  • 郷社
  • 式内社(小)
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神社詳細

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%89%E5%B1%B1%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E6%A8%AA%E6%B5%9C%E5%B8%82%E6%B8%AF%E5%8C%97%E5%8C%BA%E6%96%B0%E5%90%89%E7%94%B0%E7%94%BA)
神奈川県神社庁
https://www.kanagawa-jinja.or.jp/