本殿・御祭神 | 靖国神社 - 神社ファン

有名度

大関

靖国神社

やすくにじんじゃ

東京都千代田区九段北3丁目1-1

本殿・御祭神

更新日:2025年6月24日

神明造の本殿

拝殿を通り抜けて正面、左右回廊に繋がれているところに、本殿があります。
本殿の創建は1872年(明治5年)で、設計は建築家の伊藤平左衛門(いとうへいざえもん)です。関東大震災や戦災も逃れ、創建時の姿を残す本殿ですが、昭和61年から平成元年にかけて3年かけて「昭和の大修築」がなされました。
拝殿の奥の本殿
本殿は桁行三間、梁間四間で日本最古の建築様式と言われている神明造りで、拝殿と回廊が繋がっている構造で、屋根は銅板葺です。大きさは拝殿の1/2のサイズです。
本殿の屋根には伊勢神宮と同じ7本の堅魚木や2本の千木が乗っていて、向拝を葺き下ろした形の直線美が美しいです。
また本殿前の中庭には鹿島砂利で美しく敷き詰められています。中庭には樹齢100年以上の月桂樹があります。1905年(明治38年)に閑院宮載仁親王がお手植えされたものです。
靖国神社では本殿、拝殿、靖国会館、到着殿、靖泉亭、能楽堂、遊就館は2003年(平成15年)6月に、千代田区景観まちづくり重要物件に指定されました。
本殿

御祭神

靖国神社の御祭神は護国の英霊 246万6千余柱です。柱は神様の数を表しますので、とんでもない数の神様が祀られていることになります。
御祭神は明治維新の動乱(戊辰戦争や西南戦争)から大東亜戦争(第二次世界大戦)で亡くなった人を祀っています。明治維新で活躍した坂本龍馬や志半ばで亡くなった吉田松陰や高杉晋作といった幕末の志士達や日清戦争・日露戦争・第一次世界大戦・満洲事変・支那事変・大東亜戦争(第二次世界大戦)で戦死した人たちの神霊がは246万6千余柱に及ぶということです。
軍人だけではなく、戦場で活躍した従軍看護婦や女学生、軍需工場で亡くなられた学徒など民間の人々や日本人として戦い亡くなった台湾及び朝鮮半島出身者や戦争犯罪人として処刑された方々も祀られています。すべて国のため命を捧げた英霊です。
靖国神社には戦争で亡くなった人が全て祀られるわけではありません。国家に反逆した人たちは(例えば戊辰戦争の徳川側の人たち、西南戦争の西郷隆盛など)祀られていません。また戦争で亡くなった民間人も祀られていません。第二次世界大戦中の沖縄戦で亡くなった民間人や東京大空襲で亡くなった人たちは祀られていません。

本殿には護国の英霊の1座でしたが、1959年(昭和34年)に創建90年を記念して台湾神宮および台南神社に祀られていた北白川宮能久親王と蒙疆神社に祀られていた北白川宮永久王とを遷座合祀して1座設けました。現在は護国の英霊1座と北白川宮能久親王と北白川宮永久王の遷座で1座、合計2座になります。

正式参拝

通常は拝殿から参拝するので本殿に行くことはできませんが、境内の参集殿から正式参拝を申し込めば、本殿で参拝することができます。受付時間は3月~10月はam08:00~pm16:30まで、11月~2月はam08:00~pm16:00までになります。
令和6年1月1日から玉串料が「2000円~」から「5000円~」に変わりましたのでご注意ください。また服装は自由なのですがあまり露出の多い服はNGですのでお気をつけください。
参集殿内は手水盤がありますので、手と口を清めることができます。こちらの手水盤は、以前は神門前に置かれていたものです。

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