有名度
横綱明治神宮
めいじじんぐう
東京都渋谷区代々木神園町1-1
代々木の地名となった樅の木
更新日:2026年6月28日
代々の樅の木
代々木の地名の由来には諸説ありますが、代々受け継がれた樅(もみ)の大木があったことから「代々木」と呼ばれるようになったという説が有名です。この樅の木は南参道の脇にあり、現在も案内板が設置されています。しかし、多くの参拝者は本殿へ向かって歩いていくため、その存在に気付かず通り過ぎてしまうことも少なくありません。

江戸を一望できるほどの巨木
明治神宮の歴史書である『明治神宮造営誌』によると、初代の樅の木は幹の周囲が約11メートルもあったとされています。高さの記録は残されていませんが、その大きさから非常に高い巨木だったと考えられています。この木の大きさを物語る逸話も数多く残されています。
「この木に登れば江戸を一望できるため、江戸城内を見ることができたので登ることが禁止された」
「幕末には黒船の動きを監視するために登ったとも伝えられている」
など、その大きさと知名度をうかがわせる話が伝えられています。
また、江戸時代には旅人たちの目印としても知られていました。浮世絵師・歌川広重も作品集『絵本江戸土産』の中で「代々木村の代々木」としてこの大木を描いており、当時から名所として広く知られていたことが分かります。

現在は二代目の樅の木
残念ながら初代の樅の木は戦時中の空襲によって焼失してしまいました。現在の樅の木は戦後に植えられた二代目です。初代の巨木には及びませんが、今も力強く成長を続けています。
代々木駅や代々木公園など、東京では広く知られている「代々木」という地名。その由来を今に伝える樅の木は、明治神宮の歴史だけでなく、この地域の歴史を語る上でも貴重な存在となっています。

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