末社 西行稲荷 | 赤坂氷川神社 - 神社ファン

有名度

関脇

赤坂氷川神社

あかさかひかわじんじゃ

東京都港区赤坂6-10-12

末社 西行稲荷

更新日:2025年9月2日

西行稲荷

四合稲荷の社殿に向かって左手に位置しているのが末社である西行稲荷(さいぎょういなり)です。
西行稲荷の鳥居
1825年から1828年(文政8~11年)の「町方書上」によると、もとは赤坂田町4丁目に祀られていた稲荷社です。赤坂田町5丁目の住人、西行五兵衛が、甲冑を着け弓矢を携え狐に乗った鉄の像を拾い、それを御神体として安置したことが創建の由来とされています。江戸時代には「火伏の稲荷」とも呼ばれ、町内での火災や災害からの守護神として篤く信仰されました。
西行稲荷の石段と社殿
文政年間には赤坂田町4丁目の自身番屋敷地内に鎮座し、本社は六尺に七尺五寸、拝殿は二間四方、向拝は三尺に六尺と記録されており、当時から地域の人々の安全と生活を守る重要な社でした。明治以降、町の発展に伴い、大正10年(1921年)9月に赤坂氷川神社の境内へ遷座しました。鳥居をくぐって石段を登ると社殿が鎮座しています。
西行稲荷 社殿
社殿の近くには洞の祠や布袋様の像もあり、火災除けや災難除けの御利益を求める参拝者に親しまれています。なお、平安時代の僧侶・西行法師とは直接の関係はありません。
西行稲荷の祠と布袋像

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