石灯籠・銅灯籠・大石灯籠 | 上野東照宮 - 神社ファン

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上野東照宮

うえのとうしょうぐう

東京都台東区上野公園9-88

石灯籠・銅灯籠・大石灯籠

更新日:2025年11月1日

石灯籠

表参道には数多くの石灯籠が建ち並んでいます。その数は200基以上。多くは1651(慶安4)年、徳川家3代将軍・家光公が造営を行った際、全国の大名により奉納されたものです。これらの灯籠は、当時の大名たちの権威を示すものとして重要な役割を果たしました。
石灯籠

銅灯籠

銅灯籠(どうとうろう)は、社殿前の唐門周辺を中心に整然と立ち並ぶ、江戸時代初期の大名奉納による銅製灯籠群です。現在の社殿が完成した慶安四年(1651年)前後に、徳川御三家をはじめとする有力諸侯によって奉納されたもので、当初は五十基が造立されたと伝えられています。そのうち四十八基が現存し、江戸初期の社寺奉納文化を今に伝える貴重な遺構となっています。
銅灯籠
参道には多数の石灯籠が並び、唐門に近づくにつれて石から銅へと変わる構成になっており、格式の高まりを視覚的に表現しています。これらの銅灯籠は財力と地位を誇った諸大名が競って奉納したもので、特に唐門の左右に三基ずつ並ぶ六基は、紀伊・水戸・尾張の徳川御三家がそれぞれ奉納したものです。
唐門前の銅灯籠
これらの灯籠は竿が太く、装飾や彫刻が極めて精緻で、基部には奉納大名の官位や名前が刻まれています。銅灯籠はもともと境内各所に点在していましたが、後の境内整備により現在のように整然と配置されました。第二次世界大戦前には金属類回収令を免れるため国宝に指定されましたが、戦時中に二基が盗難に遭い、以後四十八基が残されています。
銅灯籠の大名の位と名
これらの銅灯籠は、社殿群とともに国の重要文化財に指定されており、約四百年を経た現在も銅の質感や彫刻の細部が良好に残っています。関東大震災や東京大空襲にも耐えた堅牢な構造を持ち、上野東照宮の格式と徳川時代の威光を象徴する存在です。参拝の際は、参道の石灯籠列から唐門前にかけて続くこの銅灯籠群に注目すると、当時の壮麗な社殿景観と大名文化の息吹を感じることができます。

大石灯籠

上野東照宮の大石灯籠(おおいしとうろう)は、表参道の石鳥居の脇にそびえる巨大な石灯籠で、その大きさから「お化け灯籠(おばけとうろう)」の名でも知られています。水舎門の左手に建つこの灯籠は、高さ約6.8メートル、笠石の周囲約4メートルにも及ぶ圧巻の規模を誇ります。
建立は寛永八年(1631年)、織田信長の家臣・佐久間盛次の四男である佐久間勝之による奉納です。当時、上野東照宮は徳川家康を祀る東照社として創建されて間もない頃であり、社殿整備とともにこの壮大な石灯籠が奉納されました。石材の加工と施工技術は極めて精緻で、関東大震災や東京大空襲にも倒壊せず、江戸初期の姿を今に伝えています。
大石灯籠は、名古屋の熱田神宮、京都の南禅寺にあるものと並び「日本三大石灯籠」のひとつに数えられています。その圧倒的な存在感は、上野東照宮の格式と歴史を象徴しており、参拝者が境内へ入る際に最初に目にする象徴的な建造物です。
江戸初期の奉納文化を今に伝える貴重な遺構として、また撮影スポットとしても人気があり、桜や紅葉の季節には多くの参拝者や観光客が訪れます。上野東照宮を代表する見どころのひとつとして、現在も変わらぬ荘厳な姿を保ち続けています。
お化け灯籠(大石灯籠)

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