金色殿(御社殿)
金色殿は、日光まで参拝できない江戸の人々のため、1651年(慶安4年)に徳川家3代将軍・家光公の命により造営され、日光東照宮に準じた豪華絢爛な社殿として建てられました。
金色殿は、拝殿、幣殿(石の間)、本殿の3つの部屋から構成される「権現造(ごんげんづくり)」という建築様式で建てられており、この構造は神社の格式を高めるために採用されました。
社殿の外観は全面に金箔が施され、岩絵の具による彩色も施されて豪華絢爛な輝きを放っています。特に拝殿の壁には「蔀戸(しとみど)」という金の戸に漆の格子が組み合わされたデザインが特徴的です。
彫刻も精緻で、正面には鷹や牡丹、側面には鳳凰が配され、角には阿吽の獅子が置かれており、訪れる人々に神聖かつ華麗な印象を与えます。幣殿と本殿も金箔の壁が太陽の光を浴びてまばゆく輝き、金色殿全体の壮麗さを一層際立たせています。
金色殿は、1868年の上野戦争、1923年の関東大震災、1945年の東京大空襲の被害を免れた江戸初期の建物であり、その歴史的価値から国の重要文化財に指定されています。御社殿内は通常非公開ですが、有料で透塀の内側から拝観することが可能です。2009年から2013年にかけて行われた修復工事では、創建当初の鮮やかな金色が蘇り、当時の華やかな姿が再現されました。修復は伝統的な技法と材料を用い、金箔の貼り直しや彩色の再現など、細部にわたる丁寧な作業が施され、江戸初期の豪華絢爛な社殿の姿を後世に伝えています。
また、金色殿の内部は通常非公開ですが、特別公開が行われることもあります。その際には、拝殿の扉が開放され、内部の障壁画などを間近で見ることができます。
Souka Kinmei -(wikipedia CC0)
御祭神・ご利益
御祭神は徳川家初代将軍・家康公、8代将軍・吉宗公、15代将軍・慶喜公です。ご利益は出世・勝利・健康長寿・強運の御利益がよく知られています。