熊野神社 千葉県旭市清和乙 - 神社ファン

有名度

前頭

熊野神社

くまのじんじゃ

千葉県旭市清和乙715番地

千葉県旭市清和乙715番地

拝殿

Hang3244 (wikipedia CC 表示-継承 4.0)

熊野神社以外にも 松澤熊野神社 とも呼ばれます。


かんたんご利益

  • 健康
  • 安全
熊野神社には

「健康系」「安全系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

国土安泰 延命長寿 無病息災 海上安全

御祭神

速玉之男命 はやたまのおのみこと
伊邪那美命 いざなみのみこと
事解之男命 ことさかのおのみこと

神社系統

この神社の主な系統は

熊野系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

熊野神社は千葉県旭市に鎮座する神社。御祭神は速玉之男命、伊邪那美命、事解之男命、の3柱をまつる。
社格は旧郷社。
松澤熊野神社には、平城天皇の御代、大同元年(806年)に紀国熊野の大神の御神託により、東国の開発守護としてその分霊を三川浦(現・旭市三川)に奉斎したのが創祀と伝わる。その後、天暦9年(955年)、再び大神の託宣があり、当時の社が仁良(現・香取市)を経て、旧暦9月5日に現在地(清和乙)へ遷座されたと伝えられている。
鎌倉時代に入ると、源頼朝の挙兵に応じて戦功を挙げた千葉介常胤は、当社を深く信仰し、出陣の折には神恩を祈念したとされ、社殿が損なわれていた際には鎌倉幕府に願いを起こし、建久元年(1190年)7月には松沢荘一円を御神領として奉納し社殿を造営させた。さらに、後鳥羽天皇の御代、建久5年(1194年)9月5日には勅使が下向して「正一位熊野三所大権現」の神号を授与されたといい、以来神官42名を擁し、荘厳な祭典を執行していたという。戦国・江戸期には、徳川家康を始めとする歴代将軍から朱印地や宝物の寄進を受け、東総地域屈指の大社として繁栄を保ったとの記録がある。しかしながら、延宝8年(1680年)と昭和43年(1968年)には火災により社殿などを焼失したことがあり、現在の社殿および付属建築は、昭和44年(1969年)以降および昭和55年(1980年)までの間に順次再建された。
例祭は10月5日とされ、さらに12年に一度、卯年に「式年神幸祭」として三川浜への神の渡御(お浜降り)を行う伝統があり、この浜渡御の習俗は「房総のお浜降り」として千葉県の文化としても位置づけられている。神楽も当地の伝承として古く、従来は毎年3月21・22日に奉納されていたが、現在では春分の日に熊野神社の神楽が奉納されており、昭和55年(1980年)には千葉県の無形民俗文化財に指定されている。
  • 郷社
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出典
公式サイト
http://kumanojinja.kajiro.jp/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%86%8A%E9%87%8E%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E6%97%AD%E5%B8%82)