例祭・式年神幸祭 | 香取神宮 - 神社ファン

有名度

関脇

香取神宮

かとりじんぐう

千葉県香取市香取1697番地

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例祭・式年神幸祭

更新日:2026年8月20日

4月14日「例祭」・15日「神幸祭」

毎年4月14日に行われる「例祭」は、香取神宮で年間約90回行われる祭典のなかで最も重要な祭典です。2月の祈年祭、11月の新嘗祭と同じ「大祭」にあたり、本殿の御扉を開いて神事が執り行われます。
香取神宮は、祭典に際して天皇陛下のお遣いである勅使が参向する「勅祭社」の1社です。現在は子年と午年の6年ごとに例祭へ勅使が参向します。2026年(令和8年)は午年にあたり、4月14日の例祭も勅使参向のもとで斎行されました。
翌4月15日に行われるのが「神幸祭」です。御祭神・経津主大神の東国平定の様子を模した祭りで、御神輿を中心に神職や氏子などが古式ゆかしい装束をまとい、行列を組んで神宮周辺を巡ります。
行列には甲冑姿の武者や盾・矛を持つ人々などが加わり、武神・経津主大神を祀る香取神宮らしい光景を見ることができます。通常年は拝殿前を出発し、楼門、総門、表参道、朱鳥居、参道商店街を経て第1駐車場へ向かい、駐輦祭を行ったのち旧参道を通って神宮へ戻ります。
神幸祭の日には奉納行事も行われます。香取神宮と深い関係を持つ「天真正伝香取神道流」の演武は、千葉県指定無形文化財です。室町時代中期、飯篠長威斎家直が香取神宮に隣接した梅木山不断所で1000日の修行を行い、香取大神から剣の極意を授かったことに始まると伝えられています。
また、「おらんだ楽隊」と呼ばれる独特のお囃子も奉納されます。幕末から明治時代初期に古来の神楽へ洋楽を取り入れて成立したもので、1963年(昭和38年)に千葉県指定無形民俗文化財となりました。神幸祭だけでなく、例祭や大饗祭でも演じられています。

12年に一度の「式年神幸祭」

12年に一度の午年には、通常の神幸祭よりはるかに大規模な「式年神幸祭」が4月15日・16日の2日間にわたって行われます。香取神宮では最大の祭典のひとつで、2026年(令和8年)がちょうど午年にあたり、12年ぶりに斎行されました。
式年神幸祭の起源は古く、もとは20年に一度行われていた式年遷宮大祭に伴う祭りであったと伝えられています。戦国時代以降に式年遷宮が行われなくなると、代わって12年に一度、午年に盛大な神幸祭を行う形へと変化しました。
式年神幸祭Katorisi (Wikipedia CC 表示-継承 3.0)

1日目・津宮から利根川を御座船で渡御

4月15日には、御神輿を中心に氏子など数千人の奉仕者が大行列を組み、香取神宮を出発します。通常の神幸祭とは異なり、行列はかつての表参道口である津宮へ向かいます。
津宮には、利根川に面して香取神宮の一の鳥居「津宮浜鳥居」が立っています。経津主大神が海路からこの地へ上陸したと伝えられる場所でもあります。式年神幸祭ではここから御神輿を御座船へ遷し、水上渡御が始まります。
御座船は利根川を進み、鹿島神宮による「御迎祭」が行われます。「おらんだ楽隊」はこの水上渡御でも御座船を先導する重要な役割を担います。その後、御神輿は佐原へ上陸し、御旅所に一夜駐泊します。

2日目・佐原から香取神宮へ還御

翌16日は佐原市街地から再び大行列を組み、香取地区を経て香取神宮へ戻ります。水上渡御が行われるのは15日のみで、16日は陸路による巡幸です。2026年の式年神幸祭では、1日目が8時30分から17時30分、2日目が9時から16時30分という長時間にわたる巡行となりました。
御祭神・経津主大神の神幸を大規模な行列と水上渡御によって再現する式年神幸祭は、香取神宮と利根川、佐原、そして鹿島神宮との古くからの結びつきを現在に伝える祭典です。普段は香取神宮から離れた利根川沿いに立つ一の鳥居が、12年に一度、本来の表参道口として大きな意味を持つのも見どころです。

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