祭典・星鎮祭・農業振興祈願祭・御田植祭 耕田式 | 香取神宮 - 神社ファン

有名度

関脇

香取神宮

かとりじんぐう

千葉県香取市香取1697番地

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祭典・星鎮祭・農業振興祈願祭・御田植祭 耕田式

更新日:2026年8月20日

祭典

香取神宮では年間を通して数多くの祭典が行われています。毎月1日の「朔日祭」、14日の「月次祭並献詠祭」、21日の「摂末社月次祭」といった月ごとの祭典をはじめ、1月の歳旦祭から12月の除夜祭まで、年間の祭典数は約90回に及びます。
なかでも重要なのが、毎年4月14日に行われる「例祭」です。香取神宮の年間祭典のなかで最も重要な祭典に位置づけられ、2月の祈年祭、11月の新嘗祭とともに、本殿の御扉を開いて斎行される大祭です。子年と午年には天皇陛下のお遣いである勅使が参向します。
大祓の茅の輪Katorisi (Wikipedia CC 表示-継承 3.0)
このほかにも、弓矢で星神を鎮める「星鎮祭」、古式ゆかしい「御田植祭」、6月と12月の「大祓」、12月に団子を神前へ供える「団碁祭」など、香取神宮ならではの祭典が受け継がれています。

1月16日「星鎮祭」

毎年1月16日に行われる「星鎮祭(ほしづめさい)」は、香取神宮の御祭神・経津主大神と星神・天香々背男(あめのかかせお)にまつわる伝承を現在に伝える祭典です。
天孫降臨に際して多くの神々が服従するなか、星の神である天香々背男は最後まで従わず、ついに滅ぼされたと伝えられています。香取神宮では、この星神を鎮めた故事に基づいて星鎮祭が行われています。([香取神宮][4])
本殿で祭典を行った後、弓道場では「大的の神事」が行われます。弓道場には直径3尺(約90cm)の大的が設けられ、その前には星塚に見立てた砂山が造られます。
烏帽子に直垂姿の4人の射手が登場し、それぞれ2本ずつ大的へ矢を放ちます。その後、星塚の四方に竹串を刺して星神を鎮めます。香取神宮が武神・経津主大神を祀る神社であることを強く感じさせる、弓矢を用いた珍しい神事です。
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4月「農業振興祈願祭・御田植祭」

春の香取神宮を代表する祭典が、五穀豊穣を願う「御田植祭(おたうえさい)」です。
例年4月の第1土曜日と翌日曜日に行われ、第1土曜日には農業振興祈願祭に続いて「耕田式」、翌日曜日には「田植式」が斎行されます。

御田植祭 耕田式

1日目の耕田式では、拝殿前庭を水田に見立てて田植えの準備を再現します。鎌・鍬・鋤を持った所役が登場し、牛が鋤を曳いて田を耕すなど、昔ながらの農作業を模した行事が行われます。
さらに少女たちによる田舞や早乙女手代による植初めの行事などが続き、境内は古式ゆかしい農耕儀礼の舞台となります。桜の開花時期と重なることも多く、香取神宮の春を代表する華やかな祭典です。

御田植祭 田植式

2日目の田植式では、拝殿前で神事を行った後、稚児や早乙女手代などが行列を組んで斎田へ向かいます。
斎田では早乙女手代が田植歌を歌いながら苗を植える「植初め」が行われ、その年の五穀豊穣を祈願します。大華傘を差しかけられた稚児や早乙女たちが列をなす光景も、御田植祭の大きな見どころです。
御田植祭での斎田までの行列Katorisi (Wikipedia CC 表示-継承 3.0)
香取神宮の御田植祭は非常に長い歴史を持ち、明徳年間(1390~1394)の文献にはすでに祭りが行われていたことが記されています。現在では三重県の伊雑宮、大阪府の住吉大社とともに「日本三大御田植」のひとつに数えられています。([香取神宮][1])
なお、祭典の日程や内容が変更される年もあります。2026年(令和8年)は4月5日の1日のみで、耕田式と田植式の両方が行われました。訪問を予定している場合は、その年の開催日程を香取神宮公式サイトで確認するのがおすすめです。
御田植祭Katorisi (Wikipedia CC 表示-継承 3.0)

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