有名度
関脇香取神宮
かとりじんぐう
千葉県香取市香取1697番地
飯篠長威信斎墓
更新日:2026年8月20日
剣聖 飯篠長威信斎墓
香取神宮の旧参道を西へ進み、雨乞塚のある交差点から下井坂を下った先には、「天真正伝香取神道流(てんしんしょうでんかとりしんとうりゅう)」の始祖・飯篠長威斎家直(いいざさちょういさいいえなお)の墓があります。飯篠長威斎家直は室町時代に活躍した武人で、香取郡飯篠村(現在の多古町飯笹)の出身です。若くして武芸に優れ、のちに香取神宮に隣接していた梅木山不断所で1000日に及ぶ修行を行ったと伝えられています。

天真正伝香取神道流は剣術だけでなく、居合、棒術、槍術、薙刀術、柔術、手裏剣術などを伝える総合武術です。室町時代に成立した日本最古級の武術流派として現在まで伝承され、後世のさまざまな武術にも影響を与えました。1960年(昭和35年)には「天真正伝香取神道流」として千葉県指定無形文化財に指定されています。
飯篠長威斎の墓
飯篠長威斎の墓所は高さ約2mの塚状になっており、その中央に墓碑が立っています。墓碑は高さ約91cm、幅約48cmで、上部が斜めに欠けた板碑のような特徴的な形をしています。正面には「飯篠伊賀守長威大覚位」と刻まれています。この場所は古くから飯篠長威斎ゆかりの地として知られていました。1828年(文政11年)にまとめられた『香取参詣記』にも長威斎の碑が描かれており、かつて梅木山不断所があった場所で、長威斎が兵術を修行した地であることが記されています。

香取神宮の御祭神・経津主大神は、国譲りや国土平定の神話で活躍した武神です。その香取大神を深く信仰し、境内で長期間の修行を重ねた末に兵法の極意を得たと伝えられる飯篠長威斎。香取神宮が日本の武道と深く結びついてきた歴史を現在に伝える、重要な史跡です。
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