楼門 | 香取神宮 - 神社ファン

有名度

関脇

香取神宮

かとりじんぐう

千葉県香取市香取1697番地

楼門

更新日:2025年6月14日

楼門

総門をくぐり、右に曲がった場所にある朱塗りの楼門は、1700年(元禄13年)に造営されました。端の柱と柱の間が三間(約5.5m)、戸が一つの三間一戸(さんけんいっこ)。入母屋造で屋根は銅板葺です。
楼門
鮮やかな色が映える楼門は上下階のバランスが素晴らしく、1983年(昭和58年)には、国の重要文化財に指定されていて、香取神宮のシンボル的な建物としてメディアなどで登場する機会が多い建築物です。
楼門 斜め

随身像

楼門の随身像は俗に左大臣右大臣と言われますが、楼門右側には、随身像として、大和朝廷の大臣である武内宿禰(たけうちのすくね)が、左側には藤原鎌足像が安置されています。
造営時の古図をみると神仏習合の時代だったこともあり、左右の随身像は仁王像で描かれています。
随身像

扁額

扁額は、東郷平八郎の筆によるものです。東郷平八郎は元帥海軍大将で日露戦争では連合艦隊司令長官として勝利しました。世界でも名将として知られています。
香取神宮で祀られている経津主大神は勝運のご神徳が有名でもあるので、勝運のご利益を頂こうと楼門で手を合わせる人も少なくありません。
楼門の扁額

狛犬

また楼門の裏には、境内の神代杉で造られた狛犬があります。木の狛犬は1934(昭和9)年、帝国在郷軍人会千葉支部により奉納されました。
昔の狛犬は石ではなく、木で彫られていたので昔ながらの狛犬をみることができます。
楼門の狛犬

黄門桜

楼門の右手の桜は、1684(貞享元)年、徳川光圀がお手植えしたものです。初代の桜は枯死してしまいましたが、ひこばえが成長し、春になると美しい花を咲かせています。
黄門桜の案内板には、1834(天保5)年に参拝した水戸藩9代藩主・徳川斉昭が、「恵ある風にしられていちじるし 香取の宮の花の盛は」という歌を残したことが記されています。また境内では、1911(明治44)年、皇太子であった大正天皇がお手植えした松や、1966(昭和41)年に常陸宮親王がお手植えした松を見ることができます。
黄門桜

諏訪神社

黄門桜のはす向かいには、末社の諏訪神社が鎮座しています。御祭神は大国主命(おおくにぬしのみこと)の御子神、武御名方神(たけみなかたのかみ)です。
武御名方神は国譲りの神話で有名ですが、古事記には登場しますが日本書紀には登場しません。香取神宮の祭神である経津主大神は古事記には登場しませんが、日本書紀には登場します。どちらも国譲りの話に登場はしますが、記紀では直接の絡みはありません。
諏訪神社 社殿

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