五葉松・力石 | 玉前神社 - 神社ファン

有名度

小結

玉前神社

たまさきじんじゃ

千葉県長生郡一宮町一宮3048番地

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五葉松・力石

更新日:2026年8月19日

五葉松

一の鳥居をくぐった右手には、推定樹齢150年とされる五葉松があります。五葉松は、その名の通り針状の葉が5本ずつ束になって生えるマツで、冬でも青々とした葉を保つ常緑樹であることから、不老長寿の象徴としても親しまれてきました。
玉前神社の五葉松は、長い年月をかけて育った堂々とした樹形が見どころです。枝は一方向だけではなく四方へ大きく広がり、どの方向から眺めても姿が整って見える「四方正面」の姿をしています。太い幹はまっすぐ伸びるのではなく、大きくうねりながら枝を支えており、推定150年という樹齢を感じさせます。
一の鳥居をくぐって間もない場所にあるため、御本殿へ向かう前に見ておきたい境内の名木です。正面から眺めるだけでなく、少し見る位置を変えると、幹の曲がり方や四方へ伸びる枝ぶりの違いも楽しめます。
五葉松の後ろに建つのは斎館です。昭和15年(1940)に竣工した建物で、境内では五葉松と斎館が重なる景観を見ることができます。
五葉松
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力石

神楽殿の近くには、かつて人々が力比べに使った「力石」が安置されています。「玩戯石」とも呼ばれるもので、娯楽の少なかった時代には、祭礼など人々が集まる機会に大石を持ち上げて力を競うことが一つの楽しみとなっていました。
玉前神社の力石には、明治39年(1906)、のちに横綱となる太刀山が関脇だった時代に一宮へ巡業した際の逸話が残されています。このとき一行に加わっていた幕内力士の若左倉與吉が、大きな力石を軽々と持ち上げたと伝えられています。若左倉は当時前頭3枚目で、明治時代に活躍した力士です。
玉前神社の説明では、力石の重さは八十五貫、現在の単位に換算すると約319kgとされています。ところが、実際の石には「六十メ目(六十貫目)」と重量が刻まれており、60貫は約225kgに相当します。伝えられている約319kgと石に刻まれた約225kgには大きな違いがあり、この重量の食い違いも力石に残された興味深い謎です。
石には明治39年(1906)の年号が残され、裏面には「東京力士 若左倉與吉」の名が刻まれています。このほかにも複数の人物の名が確認でき、当時この場所で行われた力比べや一宮巡業の記憶を現在へ伝えています。
現在では持ち上げるための石ではなく、境内に残された歴史資料の一つです。約300kgとも伝わる大石を前にすると、これを持ち上げて力を競ったという明治時代の力士や人々の姿を想像できます。神楽殿を訪れた際には、石そのものの大きさだけでなく、表裏に残された重量や力士の名前にも注目してみてください。
力石

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