橘樹神社 千葉県 - 神社ファン

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橘樹神社

たちばなじんじゃ

千葉県茂原市本納738番地

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千葉県茂原市本納738番地

拝殿

Jerry fish tkc(wikipedia CC 表示-継承 3.0)

かんたんご利益

御祭神

主祭神

弟橘媛命 やまとたけるのみこと

相殿神

相殿神

神社系統

この神社の主な系統は

「不明(1柱)」

です。
他に 「大鳥・白鳥系」 「不明(1柱)」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

橘樹神社は千葉県茂原市に鎮座する神社。御祭神は弟橘媛命、日本武尊、忍山宿禰の3柱をまつる。
社格は式内社であり、旧県社。
社伝では、景行天皇の時代、日本武尊が東征の途中で相模国から上総国へ渡ろうとした際、海上で暴風に遭った。妃である弟橘媛命は海中へ身を投じ、日本武尊は無事に上総国へ渡ったと伝えられる。
その後、日本武尊は流れ着いた弟橘媛命の櫛を納めて御陵を築き、墓標として橘の木を植えてまつったことが橘樹神社の創建と伝えられる。この伝承は『古事記』にも記されている。
元慶元年(877)5月17日、『日本三代実録』に橘樹神の名が見え、従五位上勲五等から正五位下勲五等の神階を授けられた。元慶8年(884)7月15日には正五位上勲五等へ昇叙され、この頃に日本武尊と忍山宿禰が合祀されたと伝えられる。
延長5年(927)に完成した『延喜式神名帳』には、上総国長柄郡の式内小社として記載された。中世には橘木荘、のちの二宮荘が成立し、上総国二宮として崇敬を集めた。
延宝8年(1680)には正一位を授けられたと伝えられる。寛政12年(1800)には現在の本殿が造営され、本殿後方の墳丘からこしきや壺、鉄器などが出土したことが古文書に記されている。
明治6年(1873)には県社に列した。現在も社殿後方には弟橘媛命の御陵と伝わる墳丘が残り、地域では「橘様」と呼ばれている。
現在の本殿は寛政12年(1800)造営の銅板葺流造である。境内の吾妻池は、弟橘媛命の御陵を築く際に土を採った跡と伝えられる。
本殿後方の森林は「本納橘樹神社社叢」として昭和55年(1980)2月26日に茂原市指定文化財となった。境内には寛延元年(1748)の手水鉢も残り、例祭は毎年10月に斎行されている。
  • 二宮(上総国)
  • 県社
  • 式内社(小)
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神社詳細

摂末社・境内社

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例祭

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文化財

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建築

本殿 銅板葺流造

神紋

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A9%98%E6%A8%B9%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E8%8C%82%E5%8E%9F%E5%B8%82)
千葉県神社庁
https://www.jinjacho.or.jp/