道野辺八幡宮 - 神社ファン

有名度

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道野辺八幡宮

みちのべはちまんぐう

千葉県鎌ケ谷市道野辺中央5-6-10

😞 🙁 😐 🙂 😄

千葉県鎌ケ谷市道野辺中央5-6-10

拝殿

momosabu(wikipedia パブリック・ドメイン)

かんたんご利益

  • 仕事
  • 学業
  • 子供
  • 安全
  • 厄除
  • 勝負
道野辺八幡宮には

「仕事系」「学業・技芸系」「子供系」「安全系」「厄除・開運系」「勝負系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

厄除け・方除けの神 弓矢兵馬の神 文武勝運守護の神 厄除開運 殖産興業 学芸成就 子守育成 安全息災 勝運守護

御祭神

誉田別尊 ほんだわけのみこと

神社系統

この神社の主な系統は

八幡系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

道野辺八幡宮は千葉県鎌ケ谷市に鎮座する神社。御祭神は誉田別尊の1柱をまつる。
創建年代は明らかでない。社伝では、平将門が下総国を平定して中沢城を築いた際、城の鬼門にあたる場所へ八幡大神を鎮祭したことに始まると伝えられている。一方で、鎌倉時代に中沢城が築かれた際、城地の鬼門除けと兵馬守護のために創祀されたとする伝承も残る。創建時期や勧請者を明確に示す史料は確認されていない。
江戸時代には、旧別当であった妙蓮寺の文書に道野辺の八幡社が記され、明和年間(1764~1772)には鎮祭されていたことが確認できる。当時、道野辺村の氏神は字下西山の根頭神社であり、八幡社には小祠が残されていた。
道野辺と中沢の境付近に屋敷を構えていた浅海家は八幡社を氏神としてまつっていた。浅海家が屋敷を中沢へ移した際には氏神も移されたと伝えられ、このことから道野辺の八幡社は「カラ八幡」と呼ばれるようになったという。
近代には千葉県の『神社明細帳』へ無格社として登録され、社殿は間口1間3尺、奥行1間、信徒30人と記録された。昭和49年(1974)以前の社殿は1間四方ほどの小祠であったが、同年に現在の社殿が建立され、その後は境内の整備も進められた。
境内には本殿、拝殿、鳥居、手水舎が建ち並び、鎮守の森には多くの樹木が茂る。境内社として天満宮、御食津神社、少彦名神社、豊洲神社が鎮座する。年間を通して多くの祭礼が行われ、5月5日の春祭、10月15日の秋祭をはじめ、歳旦祭、開運祭、元始祭、学神祭、節分祭、七五三、除夜祭のほか、毎月1日と15日には月次祭が斎行されている。
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神社詳細

公式URL

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出典
公式サイト
http://www.hachiman-gu.com/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%81%93%E9%87%8E%E8%BE%BA%E5%85%AB%E5%B9%A1%E5%AE%AE
千葉県神社庁
https://www.jinjacho.or.jp/