戦艦武蔵の碑 | 氷川神社 - 神社ファン

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大関

氷川神社

ひかわじんじゃ

埼玉県さいたま市大宮区高鼻町1-407

戦艦武蔵の碑

更新日:2025年5月1日

戦没から71年の悲願で建てられた顕彰碑

三の鳥居から潜ってすぐ左手に戦艦武蔵の碑があります。
1944年(昭和19年)10月24日に第二次世界大戦中フィリピン沖で沈んだ「戦艦武蔵」は、第二次世界大戦で当時全長263メートルは世界最大級の大きさを誇る日本海軍の戦艦でした。戦艦の中には武蔵神社があり、戦艦の名前の「武蔵」が東京や埼玉の旧国名である「武蔵国」に由来していることから、ご祭神として武蔵一宮の氷川神社の神様が分祀されました。その縁で氷川神社に記念碑が建てられることとなりました。
1942年(昭和17年)に8月5日に呉で行われた竣工式には6名の神職が出向したと言われています。
2015年(平成27年)10月24日に氷川神社で戦艦武蔵の碑の建立式が行われました。顕彰碑の大きさは、高さ約2メートル、幅約3メートルです。埼玉県秩父市の荒川で採掘された石が用いられています。遺族はもちろん、2015年(平成27年)3月に沈没していた戦艦武蔵を発見した「オクトパス号」のヤニック・オルソン船長も参列しました。乗組員全員の氏名が記載された顕彰碑は初めてで、71年かかり元乗組員や遺族の願いが叶えられました。
戦艦武蔵の碑

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