戦艦武蔵の碑 | 氷川神社 - 神社ファン

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氷川神社

ひかわじんじゃ

埼玉県さいたま市大宮区高鼻町1-407

戦艦武蔵の碑

更新日:2026年6月20日

戦没から71年を経て建立された慰霊の碑

三の鳥居をくぐってすぐ左手に建つのが戦艦武蔵顕彰碑です。氷川神社の境内でもひときわ目を引く石碑で、第二次世界大戦で沈没した戦艦武蔵の乗組員を慰霊し、その歴史を後世へ伝えるために建立されました。
戦艦武蔵は1942年(昭和17年)に竣工した日本海軍の戦艦で、全長263メートルを誇る当時世界最大級の軍艦でした。しかし1944年(昭和19年)10月24日、フィリピン沖のレイテ沖海戦で沈没し、多くの乗組員が命を落としました。
戦艦武蔵の名は、現在の埼玉県・東京都にあたる旧国名「武蔵国」に由来しています。その縁から艦内には武蔵神社が祀られ、武蔵一宮である氷川神社の御分霊が奉斎されていました。1942年(昭和17年)8月5日に広島県呉市で行われた竣工式には、氷川神社の神職も参列したと伝えられています。
戦艦武蔵顕彰碑は、戦没から71年となる2015年(平成27年)10月24日に建立されました。碑には乗組員全員の氏名が刻まれており、このような形で全乗組員の名前を顕彰した碑は初めてとされています。長年にわたり慰霊碑建立を願ってきた元乗組員や遺族にとって、悲願の実現となりました。
顕彰碑には埼玉県秩父市荒川産の石材が使用されており、高さ約2メートル、幅約3メートルの堂々とした姿をしています。建立式には遺族や関係者に加え、2015年に深海で戦艦武蔵を発見した調査チーム関係者も参列しました。
現在も顕彰碑の前では手を合わせる参拝者の姿が見られます。氷川神社と戦艦武蔵を結ぶ歴史を伝えるとともに、戦争の記憶と平和への願いを後世へ伝える場所となっています。
戦艦武蔵の碑

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