有名度
前頭白河神社
しらかわじんじゃ
福島県白河市旗宿関ノ森120
福島県白河市旗宿関ノ森120

かんたんご利益
御祭神
神社系統
主な系統
不明(2柱)
その他系統
不明(2柱)
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
白河神社は福島県白河市に鎮座する神社。御祭神は白河国造命、天太玉命、中筒男命、衣通姫命の四柱をまつる。
白河神社は、古代に下野国と陸奥国の境に置かれた白河関の跡を境内とし、「関の明神」「二所関明神」とも称されてきた古社である。社伝によれば、成務天皇5年(135)、白河国造命(鹽伊乃己自直命)と天太玉命を奉祀し、勅命によって鎮座したことに始まるとされる。その後、白河関の設置にあたり、関所の南北に住吉明神と玉津島明神がまつられた。御祭神は白河国造命、天太玉命、中筒男命、衣通姫命で、『延喜式神名帳』に記載された式内社とされる。
延暦10年(791)、永承7年(1052)には平兼盛や源頼義・義家らが稲田を奉献したと伝えられる。さらに寿永3年(1184)3月9日には源義経、文治5年(1189)には源頼朝らが金幣を奉献するなど、古くから武将の崇敬を受けた。
元和元年(1615)には仙台藩主・伊達政宗が社殿を改築して奉納したと伝えられ、現在の本殿の棟紋には伊達氏にゆかりのある九曜星と縦三引の紋が刻まれている。享和元年(1801)には白河藩主・松平定信が神庫を奉納した。
また、『奥の細道』に同行した河合曾良の『曾良旅日記』にも「二所の関明神」として記されている。大相撲の二所ノ関部屋の発祥地ともされ、かつて8月には「二所の関古式相撲」が嵐祭りとして奉納された。境内社には八雲神社、稲荷神社、国津神社、大山祇神社がまつられている。
白河関跡を含む境内は、昭和41年(1966)9月12日に国の史跡「白河関跡」に指定され、古代の関所と神社信仰の歴史を現在に伝えている。
白河神社は、古代に下野国と陸奥国の境に置かれた白河関の跡を境内とし、「関の明神」「二所関明神」とも称されてきた古社である。社伝によれば、成務天皇5年(135)、白河国造命(鹽伊乃己自直命)と天太玉命を奉祀し、勅命によって鎮座したことに始まるとされる。その後、白河関の設置にあたり、関所の南北に住吉明神と玉津島明神がまつられた。御祭神は白河国造命、天太玉命、中筒男命、衣通姫命で、『延喜式神名帳』に記載された式内社とされる。
延暦10年(791)、永承7年(1052)には平兼盛や源頼義・義家らが稲田を奉献したと伝えられる。さらに寿永3年(1184)3月9日には源義経、文治5年(1189)には源頼朝らが金幣を奉献するなど、古くから武将の崇敬を受けた。
元和元年(1615)には仙台藩主・伊達政宗が社殿を改築して奉納したと伝えられ、現在の本殿の棟紋には伊達氏にゆかりのある九曜星と縦三引の紋が刻まれている。享和元年(1801)には白河藩主・松平定信が神庫を奉納した。
また、『奥の細道』に同行した河合曾良の『曾良旅日記』にも「二所の関明神」として記されている。大相撲の二所ノ関部屋の発祥地ともされ、かつて8月には「二所の関古式相撲」が嵐祭りとして奉納された。境内社には八雲神社、稲荷神社、国津神社、大山祇神社がまつられている。
白河関跡を含む境内は、昭和41年(1966)9月12日に国の史跡「白河関跡」に指定され、古代の関所と神社信仰の歴史を現在に伝えている。
スポンサーリンク
神社詳細
格式
式内社(不明)
摂末社・境内社
情報募集
例祭
情報募集
文化財
情報募集
建築
情報募集
神紋
情報募集
出典
福島県神社庁
https://fukushima-jinjacho.or.jp/
https://fukushima-jinjacho.or.jp/
