遠賀神社 山形県鶴岡市外内島字明神川原 - 神社ファン

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遠賀神社

おがじんじゃ

山形県鶴岡市外内島字明神川原1

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山形県鶴岡市外内島字明神川原1

かんたんご利益

  • 仕事
  • 安全
  • 厄除
  • 勝負
遠賀神社には

「仕事系」「安全系」「厄除・開運系」「勝負系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

想

諸産業守護 海上安全 五穀豊穣 商売繁盛 開運 心願成就 五穀豊熟 スポーツ必勝

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

「三島・大山祇系」 「稲荷系」 「不明(1柱)」 「戸隠系」

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

遠賀神社は山形県鶴岡市に鎮座する神社。御祭神は大山祇尊、倉魂命、土祖神、手力雄命の4柱をまつる。
社格は式内社(論社)。
遠賀神社の創建年代は明らかではない。鎮座する外内島は鶴岡城下から南へ向かう六十里越街道沿いに形成された集落で、かつて「殿内島」「殿島」「外の島」とも表記された。中世には周辺を赤川が流れ、外内島の地名については、赤川の旧称とされる外川と内川の間にできた島とする説や、神主の戸内大夫に関係する説が伝えられている。
江戸時代には社殿の造営が行われ、明和年間(1764~1772)に再建され、寛政10年(1798)9月にも再建されたと伝えられている。古文書として、荘内藩家老の杉山中務に関係する宣旨奉文が伝わる。
明治9年(1876)には上外内島村・下外内島村・信州村が合併して外内島村が成立した。明治11年(1878)刊行の『山形県管内神社名簿』巻之2には、外内島村の遠賀神社について「元 戸隠神社と云ふ」と記されている。
明治13年(1880)3月には社殿が再建され、翌明治14年(1881)から祭礼で倭舞が奏上されるようになったと伝えられている。
明治22年(1889)の町村制施行によって外内島は斎村の大字となり、昭和30年(1955)に斎村が鶴岡市へ編入された。
境内には本殿と拝殿が建つ。例大祭は4月28日に行われる。
  • 式内社(不明 論社)
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出典
山形県神社庁
https://yamagata-jinjyacho.or.jp/