日枝神社 山形県酒田市日吉町 - 神社ファン

有名度

前頭

日枝神社

ひえいじんじゃ

山形県酒田市日吉町1-7-32

😞 🙁 😐 🙂 😄

山形県酒田市日吉町1-7-32

かんたんご利益

  • 仕事
  • 厄除
  • 家庭
日枝神社には

「仕事系」「厄除・開運系」「家庭系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

想

諸産業繁栄 家系繁栄 厄除け

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

「日吉・山王系」

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

日枝神社は山形県酒田市に鎮座する神社。御祭神は大己貴命、大山咋命、胸肩中津姫命の3柱をまつる。
最上川の流路が変遷した天文・永禄年間(1532~1570)頃、対岸の袖之浦(向う酒田)から人々が当社を奉じて川を渡り、東禅寺酒田の西方に移住した。これが酒田町組の民居の始まりとされ、日枝神社も人々とともに当地へ奉遷された。
当初は西浜のおふじ山付近に遷座し、その後、荒町へ移された。さらに正徳2年(1712)には現在地へ遷座し、南北両殿を構えて神仏両式による祭祀が行われたことから、「山王両社」とも称された。
宝暦元年(1751)、酒田の大火によって社殿が類焼した。その後、酒田の豪商・本間光丘によって大規模な社殿が造営されたが、7年後に再び火災に遭い焼失した。
天明4年(1784)に社殿が再建され、この時に社殿の位置をそれまでより北方へ移した。社地の三方を土手で囲み、社殿を南面させる現在につながる境内構成が整えられた。また、日和山口を正面として山王鳥居と随神門を設け、そこから約20メートルの参道を開いた。それまでの台町口は東参道とされ、現在に受け継がれる境内の基本的な姿が形づくられた。
明治27年(1894)の酒田大地震では社殿が大きな被害を受けたが、その後修復された。大火や地震など幾度もの災害を乗り越えながら社殿は守り継がれ、「山王さん」と呼ばれて酒田の人々から崇敬を集めている。
日枝神社では元旦祭から除夜祭まで、四季を通じてさまざまな祭典が執り行われ、国の隆昌と世界の共存共栄が祈願されている。
例大祭は毎年5月20日に斎行され、「酒田山王祭」として古くから受け継がれてきた。古例を守った神宿の制による厳粛かつ盛大な神事が行われ、酒田の町とともに歩んできた日枝神社の祭祀と伝統を現在に伝えている。
スポンサーリンク

神社詳細

摂末社・境内社

情報募集

例祭

情報募集

文化財

情報募集

建築

情報募集

神紋

情報募集

出典
山形県神社庁
https://yamagata-jinjyacho.or.jp/