有名度
十両宮比神社
みやびじんじゃ
秋田県由利本荘市曲沢字山本1
秋田県由利本荘市曲沢字山本1

かんたんご利益
御祭神
天宇受売命 あめのうずめのみこと
宇賀女神 うかのめのかみ
千手観音 せんじゅかんのん
神社系統
この神社の主な系統は
「宮比系」
です。他に 「不明(2柱)」
も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
宮比神社は秋田県由利本荘市に鎮座する神社。御祭神は天宇受売命、宇賀女神、千手観音の3柱をまつる。
社格は旧村社。
伝承によれば、大国主命が国造りを行った際、宇賀の山本に館を構え、天宇受売命を祀ったことに始まるという。延暦年間には、坂上田村麻呂が蝦夷征討からの帰途に当地へ滞在したとも伝えられる。寛治6年(1092)、由理良平が宇賀の豊岡館に城を構えると、永長元年(1096)には宮比神社を建立し、千手観音を合祀した。応仁年間には滝沢氏の祈願社となり、その後は六郷氏から崇敬を受けた。
元禄年間には、千手台から中山の森へ火の玉が飛ぶのを村人が目撃したことから、中山の森を霊地として遷宮したと伝えられる。明治6年(1873)5月、神仏分離に伴って宮比神社の名に復した。明治43年(1910)7月30日には陳ヶ森神明社を合祀し、大正3年(1914)5月13日には三条の村社八幡神社を合祀して村社へ列した。大正10年(1921)3月には本殿と幣殿が竣工し、昭和16年(1941)11月29日には神饌幣帛料供進神社に指定された。
戦後の昭和21年(1946)には八幡神社、昭和23年(1948)には神明社の合祀を解き、それぞれ旧地へ分祀した。その後も境内の整備が続き、昭和30年(1955)に幣殿と拝殿を改築、昭和37年(1962)に社務所を新築し、昭和62年(1987)には神輿殿を新築した。例祭は毎年4月15日に斎行される。
社格は旧村社。
伝承によれば、大国主命が国造りを行った際、宇賀の山本に館を構え、天宇受売命を祀ったことに始まるという。延暦年間には、坂上田村麻呂が蝦夷征討からの帰途に当地へ滞在したとも伝えられる。寛治6年(1092)、由理良平が宇賀の豊岡館に城を構えると、永長元年(1096)には宮比神社を建立し、千手観音を合祀した。応仁年間には滝沢氏の祈願社となり、その後は六郷氏から崇敬を受けた。
元禄年間には、千手台から中山の森へ火の玉が飛ぶのを村人が目撃したことから、中山の森を霊地として遷宮したと伝えられる。明治6年(1873)5月、神仏分離に伴って宮比神社の名に復した。明治43年(1910)7月30日には陳ヶ森神明社を合祀し、大正3年(1914)5月13日には三条の村社八幡神社を合祀して村社へ列した。大正10年(1921)3月には本殿と幣殿が竣工し、昭和16年(1941)11月29日には神饌幣帛料供進神社に指定された。
戦後の昭和21年(1946)には八幡神社、昭和23年(1948)には神明社の合祀を解き、それぞれ旧地へ分祀した。その後も境内の整備が続き、昭和30年(1955)に幣殿と拝殿を改築、昭和37年(1962)に社務所を新築し、昭和62年(1987)には神輿殿を新築した。例祭は毎年4月15日に斎行される。
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出典
秋田県神社庁
https://akita-jinjacho.sakura.ne.jp/
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