刈田嶺神社 奥宮 - 神社ファン

有名度

前頭

刈田嶺神社 奥宮

かったみねじんじゃ おくみや

宮城県刈田郡蔵王町倉石岳

宮城県刈田郡蔵王町倉石岳

拝殿

Kumamushi (wikipedia CC 表示-継承 3.0)

刈田嶺神社 奥宮以外にも 奥宮 とも呼ばれます。


かんたんご利益

  • 厄除
  • 家庭
刈田嶺神社 奥宮には

「厄除・開運系」「家庭系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

厄除 家内安全

御祭神

天之水分神 あめのみくまりのかみ
国之水分神 くにのみくまりのかみ

神社系統

この神社の主な系統は

蔵王系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

刈田嶺神社 奥宮は宮城県刈田郡蔵王町に鎮座する神社。御祭神は天之水分神、国之水分神の2柱をまつる。
社格は名神大社であり、旧郷社。
刈田嶺神社の起源は奈良時代または平安初期にさかのぼり、修験道の開祖・役小角やその叔父願行が吉野山の蔵王大権現を勧請して創建したと伝えられる。蔵王山頂にはかつて「蔵王大権現社」が祀られ、蔵王信仰の中心地として山岳修行と山岳崇拝の場であった。平安時代の貞観11年(869年)の大地震・津波に際し、当時の朝廷から従四位下の神階を賜り、山神としての信仰が厚かったとされる。戦国時代には奥州藤原氏、やがて伊達氏の庇護を受け、片倉小十郎が白石城主として社領寄進と管理に尽力した。江戸時代には享保期(1718年)に本殿が建立され、歴史的建造として現存する。明治維新の神仏分離令により一時「水分神社」と改称され、やがて再び「刈田嶺神社 奥宮」と称されるようになった。山頂の社と麓の遠刈田の里宮間でご神体を季節的に遷座する「季節遷座」の制度は現在も続いている。一年のうち夏季(約4月下旬~10月上旬)は奥宮に、冬季(10月上旬~4月下旬)は里宮にご神体が鎮座する仕組みである。
刈田岳山頂に位置する奥宮は、風雪に耐える本殿のみの簡素な構造であり、荒涼とした蔵王山頂の景観と相まって荘厳な雰囲気を醸している。冬期は山頂道路が閉鎖されるため訪問は夏季に限られる。
境内からは蔵王の火口湖「御釜」や仙台方面の眺望が広がり、自然景観と神域が融合したパワースポットとして人気がある。
  • 名神大社(論社)
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神社詳細

摂末社・境内社

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文化財

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神紋

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%88%88%E7%94%B0%E5%B6%BA%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E4%B8%83%E3%83%B6%E5%AE%BF%E7%94%BA)
宮城県神社庁
https://miyagi-jinjacho.or.jp/