有名度
十両塩釜神社
しおがまじんじゃ
宮城県遠田郡美里町和多田沼字上屋敷3
宮城県遠田郡美里町和多田沼字上屋敷3

かんたんご利益
- 仕事
- 子供
- 安全
塩釜神社には
「仕事系」「子供系」「安全系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
海上安全 大漁 安産
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「塩竈系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
塩釜神社は宮城県遠田郡美里町に鎮座する神社。御祭神は塩土老翁神、武甕槌神、経津主神の3柱をまつる。
社格は旧村社。
創祀の年代は明らかでないが、中世には一時、廃絶に近い状態となっていた。天正19年(1591)、亘理元宗が亘理郡から遠田郡涌谷へ移封された際に再興し、領内の安全と五穀豊穣を祈願する祈願所とした。
元禄元年(1688)、伊達宗元が日光東照宮の修造監督を終えて帰国する際、工匠3人を伴って涌谷へ戻り、日向の神明社と塩釜神社の社殿を造営した。天保8年(1837)8月には伊達義基によって大規模な修理が行われるなど、歴代領主の崇敬を受けながら社殿が維持された。明治維新以前は塩釜大明神または塩釜宮と称していたが、明治5年(1872)に塩釜神社へ改称するとともに村社に列した。
昭和16年(1941)には社務所と鳥居を新築し、境内の整備が進められた。さらに昭和31年(1956)には本殿と幣殿を改築し、現在に至っている。例祭日は9月10日である。
社格は旧村社。
創祀の年代は明らかでないが、中世には一時、廃絶に近い状態となっていた。天正19年(1591)、亘理元宗が亘理郡から遠田郡涌谷へ移封された際に再興し、領内の安全と五穀豊穣を祈願する祈願所とした。
元禄元年(1688)、伊達宗元が日光東照宮の修造監督を終えて帰国する際、工匠3人を伴って涌谷へ戻り、日向の神明社と塩釜神社の社殿を造営した。天保8年(1837)8月には伊達義基によって大規模な修理が行われるなど、歴代領主の崇敬を受けながら社殿が維持された。明治維新以前は塩釜大明神または塩釜宮と称していたが、明治5年(1872)に塩釜神社へ改称するとともに村社に列した。
昭和16年(1941)には社務所と鳥居を新築し、境内の整備が進められた。さらに昭和31年(1956)には本殿と幣殿を改築し、現在に至っている。例祭日は9月10日である。
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出典
宮城県神社庁
https://miyagi-jinjacho.or.jp/
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