蝋梅・御文庫(旧鐘楼) | 志波彦神社 - 神社ファン

有名度

関脇

志波彦神社

しわひこじんじゃ

宮城県塩竈市一森山1-1

😞 🙁 😐 🙂 😄

蝋梅・御文庫(旧鐘楼)

更新日:2026年8月14日

蝋梅

志波彦神社の手水舎近くには、江戸時代後期の経世論家・林子平(はやししへい)ゆかりの蝋梅があります。林子平が遊学先の長崎から持ち帰った中国渡来の蝋梅と伝えられる、歴史のある木です。
蝋梅の木
林子平は『海国兵談』などを著し、海外事情や海防の必要性を説いた人物として知られています。鹽竈神社の社家で学者でもあった藤塚知明(ふじつかともあき)とは親しい交流があり、林子平が藤塚知明へ贈ったオランダカルタも現在まで伝わっています。
持ち帰った蝋梅も藤塚知明へ贈られ、現在の鹽竈神社博物館付近にあった知明の離れ「金華亭」に植えられたと伝えられています。その後、知明の死後に現在地へ移植されました。
満開の蝋梅
蝋梅は梅の名が付いていますが、梅とは異なるロウバイ科の植物です。早春になると蝋細工を思わせる黄色い花を咲かせ、まだ花の少ない時期の境内を彩ります。志波彦神社を冬から早春に訪れる際に注目したい、林子平と鹽竈神社の社家との交流を現在に伝える植物です。
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御文庫(旧鐘楼)

社務所に向かって左手には、御文庫と呼ばれる古い建物が残されています。室町時代の建造物と伝えられ、志波彦神社・鹽竈神社の境内に現存する建物のなかでも最も古いものとされています。
現在は「御文庫」と呼ばれていますが、もともとは書物を収めるために建てられた建物ではありません。神仏習合の時代に鐘を吊るしていた鐘楼堂で、かつては鹽竈神社別宮の南側、透塀の外に建っていました。後に現在地へ移築され、御文庫として残されています。
御文庫(旧鐘楼)
現在の志波彦神社の社殿群は昭和13年(1938)に完成したものですが、その近くに室町時代まで遡ると伝えられる旧鐘楼が残されているのは興味深いところです。神仏習合の時代の鹽竈神社を伝える建物として、華やかな志波彦神社の社殿とは異なる歴史に注目できます。

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