神門・拝殿・本殿 | 志波彦神社 - 神社ファン

有名度

関脇

志波彦神社

しわひこじんじゃ

宮城県塩竈市一森山1-1

神門・拝殿・本殿

更新日:2025年6月7日

神門

神門と社号碑
志波彦神社の神門は一間一戸の四脚門で切妻造りの銅板葺きです。
神門
神門の扁額には「式内社名神大 志波彦神社」と記されています
神門の扁額
神門の右手に建つ碑に刻まれている「さしのぼる 朝日の光 へだてなく 世を照らさむぞ わがねがいなる」という歌は、昭和天皇の御製です。
昭和天皇が詠んだ歌碑

拝殿・本殿

古来より崇拝されていたとされる「志波彦神社」は、もともと現在の仙台市岩切に鎮座
していましたが、1875(明治7)年、国幣中社に列せられたことを機に鹽竈神社・別宮本殿に遷祀されました。現在の社殿は、1938(昭和13年)に造営されたものです。
拝殿
造営は1922(大正11)年に計画されましたが、先行きが見えなかったうえ、翌1923(大正12)年には関東大震災が発生。さらに見通しが立たないという状況でした。そこで古川左京宮司が、「天下の一大事である。直ぐに取り次ぐべし」と政府に乗り込み、「明治帝の思し召しでもある志波彦神社の社殿造営を何時まで放置しているのか」「神様の事と明治帝の御意志をおいてこれに勝る一大事があるか」と一喝。それにより遷宮計画は動き始め、1934(昭和9)年に着手され、1938(昭和13年)に完成しました。
拝殿内部
拝殿・本殿ともに朱黒漆塗で、要所に極彩色が施されている社殿は、1963(昭和38)年、塩釜市の指定文化財となっています。

御祭神・ご利益

御祭神は志波彦大神(しわひこのおおかみ)です。志波彦神は記紀神話に登場しない神様で、謎が多い神様なのですが、宮城県の栗原市には志波姫神社という社名もあり、元々はこの地域一体の土着神だと考えられます。ご利益は農耕守護・殖産、国土開発です。
本殿

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