有名度
十両諏訪神社
すわじんじゃ
宮城県角田市佐倉字諏訪脇南4
宮城県角田市佐倉字諏訪脇南4

かんたんご利益
- 仕事
- 家庭
- 勝負
諏訪神社には
「仕事系」「家庭系」「勝負系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
五穀豊穣 家内安全 武運長久
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「不明(柱)」 「諏訪系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
諏訪神社は宮城県角田市に鎮座する神社。御祭神は豊島命、建御名方命、八坂刀売命の3柱をまつる。
社格は旧村社。
当初は伊具国造の豊島命を奉斎し、佐倉神社と称していた。延元年間(1336~1340)、北畠顕家らが義良親王を奉じて陸奥へ下向した際、家臣の小野康雄が信濃国の諏訪大社から建御名方命と八坂刀売命の分霊を勧請して合祀し、諏訪神社へ改称した。
天正18年(1590)には社殿が造営され、正月15日に筒粥神事を執り行い、その結果を藩内へ頒布するようになった。この神事は長く受け継がれ、現在まで継承されている。享和3年(1803)には現在の本殿が竣工し、翌文化元年(1804)に正遷座祭を斎行した。さらに文化4年(1807)には拝殿が完成し、社殿が整えられた。文久3年(1863)には伊具郡惣鎮守の宣旨を受け、明治5年(1872)3月5日に村社へ列格した。
昭和56年(1981)には、本殿と拝殿、安政4年(1857)奉納の石鳥居が角田市の文化財に指定された。祭事として例祭のほか、神輿渡御祭や夏越祭が行われている。
社格は旧村社。
当初は伊具国造の豊島命を奉斎し、佐倉神社と称していた。延元年間(1336~1340)、北畠顕家らが義良親王を奉じて陸奥へ下向した際、家臣の小野康雄が信濃国の諏訪大社から建御名方命と八坂刀売命の分霊を勧請して合祀し、諏訪神社へ改称した。
天正18年(1590)には社殿が造営され、正月15日に筒粥神事を執り行い、その結果を藩内へ頒布するようになった。この神事は長く受け継がれ、現在まで継承されている。享和3年(1803)には現在の本殿が竣工し、翌文化元年(1804)に正遷座祭を斎行した。さらに文化4年(1807)には拝殿が完成し、社殿が整えられた。文久3年(1863)には伊具郡惣鎮守の宣旨を受け、明治5年(1872)3月5日に村社へ列格した。
昭和56年(1981)には、本殿と拝殿、安政4年(1857)奉納の石鳥居が角田市の文化財に指定された。祭事として例祭のほか、神輿渡御祭や夏越祭が行われている。
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神社詳細
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出典
宮城県神社庁
https://miyagi-jinjacho.or.jp/
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