有名度
十両德田神社
とくだじんじゃ
岩手県紫波郡矢巾町西徳田6-8
岩手県紫波郡矢巾町西徳田6-8

かんたんご利益
- 恋愛
- 健康
- 仕事
- 子供
德田神社には
「恋愛系」「健康系」「仕事系」「子供系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
縁結び 五穀豊穣 商売繁盛 子授け 病気平癒
御祭神
神社系統
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
德田神社は岩手県紫波郡矢巾町に鎮座する神社。御祭神は大名牟遅命、少毘古那命の2柱をまつる。
創立の詳しい年代は明らかでない。口碑では、陸奥守藤原秀衡がこの地に阿弥陀仏をまつり、俊衡と秀衡が堂宇を建立したと伝えられる。その後、堂宇は荒廃して仏像の所在も分からなくなったが、嘉永3年(1850)の社殿改築時、屋根裏から高さ3、4寸ほどの銅仏が発見されたという。
数百年にわたって胡四王社と称していたが、元和初年(1615)に西徳田字田高の薬師社を合祀して薬師神社へ改称した。明治2年(1869)には天満宮を合祀して天満宮と称し、大正13年(1924)に鎮座地の名を冠して德田神社へ改称した。
創立の詳しい年代は明らかでない。口碑では、陸奥守藤原秀衡がこの地に阿弥陀仏をまつり、俊衡と秀衡が堂宇を建立したと伝えられる。その後、堂宇は荒廃して仏像の所在も分からなくなったが、嘉永3年(1850)の社殿改築時、屋根裏から高さ3、4寸ほどの銅仏が発見されたという。
数百年にわたって胡四王社と称していたが、元和初年(1615)に西徳田字田高の薬師社を合祀して薬師神社へ改称した。明治2年(1869)には天満宮を合祀して天満宮と称し、大正13年(1924)に鎮座地の名を冠して德田神社へ改称した。
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出典
岩手県神社庁
https://www.jinjacho.jp/
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