有名度
十両日枝神社
ひえじんじゃ
岩手県遠野市遠野町字杉21杉山120
岩手県遠野市遠野町字杉21杉山120

かんたんご利益
- 仕事
- 厄除
- 家庭
日枝神社には
「仕事系」「厄除・開運系」「家庭系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
諸産業繁栄 家系繁栄 厄除け
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「日吉・山王系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
日枝神社は岩手県遠野市に鎮座する神社。御祭神は大山咋命の1柱をまつる。
阿曽沼氏が遠野を治めていた時代には、現在の遠野小学校付近にあった大日堂で祭祀が行われていた。八戸南部氏が遠野へ移封された後は、歴代当主が出羽三山を篤く信仰し、第22代南部直栄は善応寺法印快盛を湯殿山へ派遣して祈願を行った。以後、善応寺の住持が代参役を務め、信仰が受け継がれた。
貞享2年(1685)、第23代南部義長は大日堂を現在地へ遷し、善応寺法印宥如を通じて湯殿山から御分霊を勧請して従来の大日堂へ合祀した。義長は社領20石を寄進するとともに、境内には神木として桜を植え、神社の整備と崇敬に努めた。
明治維新後の神仏分離により日枝神社と改称された。昭和44年(1969)には遠野・上閉伊支部の奉賛によって拝殿が改修され、現在に至っている。例祭は旧暦6月1日に執り行われ、地域の人々の信仰を集めている。
阿曽沼氏が遠野を治めていた時代には、現在の遠野小学校付近にあった大日堂で祭祀が行われていた。八戸南部氏が遠野へ移封された後は、歴代当主が出羽三山を篤く信仰し、第22代南部直栄は善応寺法印快盛を湯殿山へ派遣して祈願を行った。以後、善応寺の住持が代参役を務め、信仰が受け継がれた。
貞享2年(1685)、第23代南部義長は大日堂を現在地へ遷し、善応寺法印宥如を通じて湯殿山から御分霊を勧請して従来の大日堂へ合祀した。義長は社領20石を寄進するとともに、境内には神木として桜を植え、神社の整備と崇敬に努めた。
明治維新後の神仏分離により日枝神社と改称された。昭和44年(1969)には遠野・上閉伊支部の奉賛によって拝殿が改修され、現在に至っている。例祭は旧暦6月1日に執り行われ、地域の人々の信仰を集めている。
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神社詳細
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出典
岩手県神社庁
https://www.jinjacho.jp/
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