有名度
十両大神宮
だいじんぐう
岩手県久慈市久慈市八日町2-43
岩手県久慈市久慈市八日町2-43

かんたんご利益
- 仕事
大神宮には
「仕事系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
国家隆昌 生命力向上 五穀豊穣
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「伊勢・神明系」
です。他に 「愛宕・秋葉系」
も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
大神宮は岩手県久慈市に鎮座する神社。御祭神は天照皇大神、火産霊命の2柱をまつる。
社格は旧郷社。
神明宮は、地域では古くから「神明様」の名で親しまれている。社伝によれば、応安2年(1369)、南学院宮沢家の祖先が荒町の秋葉神社で社司を務めていた際、御霊を奉じて現在の新町にあった六角堂を御旅舎とし、旧暦9月17日から19日までを祭典日と定めたことが起源と伝えられる。古くから地域の信仰を集め、祭礼の中心として受け継がれてきた神社である。
大正12年(1923)に岩手県へ提出された文書によれば、当初は久慈長内村の山中にあった小祠を大勝田と称する屋敷へ遷し、その後に鳥居野へ移されたという。さらに、寛永2年(1625)10月には現在の社地へ遷座し、以後は地域の鎮守として祭祀が続けられた。寛政2年(1790)には、全国を遊歴していた高山彦九郎が当地を訪れ、旧暦9月15日に八日町の「目あかし」と呼ばれる家へ宿泊した後、当時は野外で祭祀が営まれていた秋葉神社を参拝し、和歌を残したことでも知られている。
明治5年(1872)10月には郷社へ列せられたが、大正7年(1918)1月11日に発生した久慈大火によって社殿が類焼した。その後、大正9年(1920)12月25日に社殿が再建され、大正12年(1923)6月15日には秋葉神社にあたる火産霊神社の合祀が許可された。現在の例祭は9月18日に執り行われ、大神宮・秋葉神社・巽山稲荷神社の祭典を基礎とする久慈秋まつりでは、神輿や山車が市街地を巡行する。また、境内には昭和9年(1934)旧暦9月17日に中組有志が奉納した狛犬や、高山彦九郎ゆかりの石碑が残され、神社の歴史を今に伝えている。
社格は旧郷社。
神明宮は、地域では古くから「神明様」の名で親しまれている。社伝によれば、応安2年(1369)、南学院宮沢家の祖先が荒町の秋葉神社で社司を務めていた際、御霊を奉じて現在の新町にあった六角堂を御旅舎とし、旧暦9月17日から19日までを祭典日と定めたことが起源と伝えられる。古くから地域の信仰を集め、祭礼の中心として受け継がれてきた神社である。
大正12年(1923)に岩手県へ提出された文書によれば、当初は久慈長内村の山中にあった小祠を大勝田と称する屋敷へ遷し、その後に鳥居野へ移されたという。さらに、寛永2年(1625)10月には現在の社地へ遷座し、以後は地域の鎮守として祭祀が続けられた。寛政2年(1790)には、全国を遊歴していた高山彦九郎が当地を訪れ、旧暦9月15日に八日町の「目あかし」と呼ばれる家へ宿泊した後、当時は野外で祭祀が営まれていた秋葉神社を参拝し、和歌を残したことでも知られている。
明治5年(1872)10月には郷社へ列せられたが、大正7年(1918)1月11日に発生した久慈大火によって社殿が類焼した。その後、大正9年(1920)12月25日に社殿が再建され、大正12年(1923)6月15日には秋葉神社にあたる火産霊神社の合祀が許可された。現在の例祭は9月18日に執り行われ、大神宮・秋葉神社・巽山稲荷神社の祭典を基礎とする久慈秋まつりでは、神輿や山車が市街地を巡行する。また、境内には昭和9年(1934)旧暦9月17日に中組有志が奉納した狛犬や、高山彦九郎ゆかりの石碑が残され、神社の歴史を今に伝えている。
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神社詳細
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出典
岩手県神社庁
https://www.jinjacho.jp/
https://www.jinjacho.jp/
