有名度
十両淡島神社
あわしまじんじゃ
青森県南津軽郡藤崎町水木福西48
青森県南津軽郡藤崎町水木福西48

かんたんご利益
- 子供
淡島神社には
「子供系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
婦人病治癒 安産・子授け
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「あわしま系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
淡島神社は青森県南津軽郡藤崎町に鎮座する神社。御祭神は少名彦神の1柱をまつる。
創建については、永正17年(1520年)、溝城城主・溝城刑部正の家臣であった今市右衛門が薬師堂として勧請したことに始まると伝えられる。伝承によれば、今市右衛門と今次右衛門が主君の命を受けて用水堰を開削した際、土中から薬師如来の木像を発見し、その像をまつるために薬師堂を建立したという。
延宝3年(1675年)には菊理姫命が合祀された。明治4年(1871年)の神仏分離に伴い、御神体であった薬師如来は廃され、以後は菊理姫命を奉斎する神社となった。さらに、明治20年(1887年)頃に火災で社殿が焼失し、明治33年(1900年)頃からは少名彦神もまつるようになったとされる。
境内には薬師堂が残され、幕末頃に建立された3基の庚申塔も現存している。薬師堂として創建された由緒と、神仏分離を経て祭祀の形が改められた歴史を今に伝える神社である。
創建については、永正17年(1520年)、溝城城主・溝城刑部正の家臣であった今市右衛門が薬師堂として勧請したことに始まると伝えられる。伝承によれば、今市右衛門と今次右衛門が主君の命を受けて用水堰を開削した際、土中から薬師如来の木像を発見し、その像をまつるために薬師堂を建立したという。
延宝3年(1675年)には菊理姫命が合祀された。明治4年(1871年)の神仏分離に伴い、御神体であった薬師如来は廃され、以後は菊理姫命を奉斎する神社となった。さらに、明治20年(1887年)頃に火災で社殿が焼失し、明治33年(1900年)頃からは少名彦神もまつるようになったとされる。
境内には薬師堂が残され、幕末頃に建立された3基の庚申塔も現存している。薬師堂として創建された由緒と、神仏分離を経て祭祀の形が改められた歴史を今に伝える神社である。
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神社詳細
摂末社・境内社
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建築
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神紋
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出典
青森県神社庁
http://www.aomori-jinjacho.or.jp/
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