有名度
十両稲荷神社
いなりじんじゃ
青森県青森市浪岡女鹿沢字西増田36
青森県青森市浪岡女鹿沢字西増田36

かんたんご利益
- 仕事
稲荷神社には
「仕事系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
五穀豊穣 商売繁盛
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「稲荷系」 「不明(1柱)」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
稲荷神社は青森県青森市に鎮座する神社。御祭神は宇賀霊命、奇稲田姫命の2柱をまつる。
創建年代は明らかではないが、文明年間(1469~1487年)の勧請と伝えられる。社伝では浪岡北畠氏が祈願所として創建したとされる一方、鎮座地は赤茶口街道に設けられた出城跡であるとの説も伝えられている。
天和4年(1684年)の村絵図や貞享4年(1687年)の『検地水帳』には稲荷宮と観音堂の記載があり、観音堂は享保年間(1716~1736年)頃から飛龍権現と称されるようになった。享和4年(1804年)には、十川村一本杉に鎮座していた稲荷宮を合祀した。安政年間(1855~1860年)の記録には、旧稲荷宮は境内の地盤が悪く参詣が困難であったため遷座・合祀したと記され、旧境内から移された複数の石棒が現在も境内に残されている。
明治初年の神仏分離により飛龍権現から稲荷神社へ改称された。境内には明治41年(1908年)建立の日露戦役紀念碑、昭和10年(1935年)建立の満州事変記念碑、庚申塔などが現存している。
創建年代は明らかではないが、文明年間(1469~1487年)の勧請と伝えられる。社伝では浪岡北畠氏が祈願所として創建したとされる一方、鎮座地は赤茶口街道に設けられた出城跡であるとの説も伝えられている。
天和4年(1684年)の村絵図や貞享4年(1687年)の『検地水帳』には稲荷宮と観音堂の記載があり、観音堂は享保年間(1716~1736年)頃から飛龍権現と称されるようになった。享和4年(1804年)には、十川村一本杉に鎮座していた稲荷宮を合祀した。安政年間(1855~1860年)の記録には、旧稲荷宮は境内の地盤が悪く参詣が困難であったため遷座・合祀したと記され、旧境内から移された複数の石棒が現在も境内に残されている。
明治初年の神仏分離により飛龍権現から稲荷神社へ改称された。境内には明治41年(1908年)建立の日露戦役紀念碑、昭和10年(1935年)建立の満州事変記念碑、庚申塔などが現存している。
スポンサーリンク
神社詳細
摂末社・境内社
情報募集
例祭
情報募集
文化財
情報募集
建築
情報募集
神紋
情報募集
出典
青森県神社庁
http://www.aomori-jinjacho.or.jp/
http://www.aomori-jinjacho.or.jp/
