有名度
十両八幡宮
はちまんぐう
青森県弘前市笹館字市原54
青森県弘前市笹館字市原54

かんたんご利益
- 仕事
- 勝負
八幡宮には
「仕事系」「勝負系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
国家鎮護 殖産興業 武運長久 成功勝利
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「八幡系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
八幡宮は青森県弘前市に鎮座する神社。御祭神は誉田別尊、玉依姫命の2柱をまつる。
社格は旧村社。
貞享4年(1687年)の検地水帳には、笹館村の村中が管理する虚空蔵堂地が記されており、当時は建物が存在せず、その堂地に現在の八幡宮が鎮座していると伝えられている。
棟札には「八幡大神 延暦二十巳年七月、津軽左衛門建立也」と記されており、この津軽左衛門を津軽左衛門秀光とみなし、その没年との関係から正中年間(1324~1326年)の建立とする説も伝えられている。
安政2年(1855年)の『神社微細書上帳』には、創建年代は不明であるものの、貞享2年(1685年)以来、村人たちによって社殿の再建や修復が繰り返し行われてきたことが記されている。
明治6年(1873年)4月には三和村の日吉神社へ合祀されたが、明治8年(1875年)2月に復社した。翌明治9年(1876年)10月には村社へ列せられ、明治44年(1911年)には神饌幣帛料供進社に指定された。境内には二十三夜塚、庚申塚、猿田彦大神碑、馬頭観音などの石造物が残され、地域の歴史と信仰を今に伝えている。
社格は旧村社。
貞享4年(1687年)の検地水帳には、笹館村の村中が管理する虚空蔵堂地が記されており、当時は建物が存在せず、その堂地に現在の八幡宮が鎮座していると伝えられている。
棟札には「八幡大神 延暦二十巳年七月、津軽左衛門建立也」と記されており、この津軽左衛門を津軽左衛門秀光とみなし、その没年との関係から正中年間(1324~1326年)の建立とする説も伝えられている。
安政2年(1855年)の『神社微細書上帳』には、創建年代は不明であるものの、貞享2年(1685年)以来、村人たちによって社殿の再建や修復が繰り返し行われてきたことが記されている。
明治6年(1873年)4月には三和村の日吉神社へ合祀されたが、明治8年(1875年)2月に復社した。翌明治9年(1876年)10月には村社へ列せられ、明治44年(1911年)には神饌幣帛料供進社に指定された。境内には二十三夜塚、庚申塚、猿田彦大神碑、馬頭観音などの石造物が残され、地域の歴史と信仰を今に伝えている。
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神社詳細
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出典
青森県神社庁
http://www.aomori-jinjacho.or.jp/
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