有名度
十両富岳神社
とみだけじんじゃ
青森県弘前市境関字富岳104
青森県弘前市境関字富岳104

かんたんご利益
- 恋愛
- 健康
- 仕事
- 子供
富岳神社には
「恋愛系」「健康系」「仕事系」「子供系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
縁結び 五穀豊穣 商売繁盛 子授け 病気平癒
御祭神
神社系統
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
富岳神社は青森県弘前市に鎮座する神社。御祭神は大己貴神、少彦名神の2柱をまつる。
社格は旧村社。
富岳神社は、延暦年間(782~806年)に坂上田村麻呂が勧請したと伝えられる。当初は富田館に鎮座して薬師堂と称していたが、寛永19年(1642年)に現在地へ遷座した。
元禄2年(1689年)には吉町弥治衛門が社殿を寄進し、弘化2年(1845年)には大袋の葛西勘十郎から社領が寄進された。嘉永年間(1848~1854年)には大汝少彦名神社へ改称され、明治元年(1868年)の神仏分離に伴って現在の富岳神社となった。
明治39年(1906年)には、日露戦争からの凱旋を記念して社号標が建立された。境内は中世の境関館跡に位置しており、周囲には土塁や空堀の遺構が残され、往時の館跡の姿を今に伝えている。
社格は旧村社。
富岳神社は、延暦年間(782~806年)に坂上田村麻呂が勧請したと伝えられる。当初は富田館に鎮座して薬師堂と称していたが、寛永19年(1642年)に現在地へ遷座した。
元禄2年(1689年)には吉町弥治衛門が社殿を寄進し、弘化2年(1845年)には大袋の葛西勘十郎から社領が寄進された。嘉永年間(1848~1854年)には大汝少彦名神社へ改称され、明治元年(1868年)の神仏分離に伴って現在の富岳神社となった。
明治39年(1906年)には、日露戦争からの凱旋を記念して社号標が建立された。境内は中世の境関館跡に位置しており、周囲には土塁や空堀の遺構が残され、往時の館跡の姿を今に伝えている。
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神社詳細
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出典
青森県神社庁
http://www.aomori-jinjacho.or.jp/
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